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高校野球の投手負担、球数制限をルール化すべきか

練習試合終了後に円陣を組む選手たち(写真:衣田史景)

 

手に汗握る展開に、カメラを握る手もつい力が入り湿ってしまう。6年前、写真部の部員だった筆者は、母校の野球部の試合をカメラに収めていた。ファインダー越しに映る選手たちの表情は、回を追うごとに様変わりする。緊張感のある序盤、試合に慣れ優位に進めようと気合が入る中盤、負け越すと焦りが見え始める終盤。高校野球はただのスポーツではなく、そこにはドラマがある。スポーツファンだけでなく、撮影する人間をも熱くさせる。だからこそ、人気があるのだろう。

 

その熱いドラマが今年も幕を開ける。約2ヶ月後に開幕する選抜高校野球大会だ。8月に行われる「夏の甲子園」も含めて、今年も球児たちがどれほどのドラマを見せてくれるのか楽しみだ。ただ、我々見る側が、面白さや感動といった「ドラマ性」に価値を置きすぎると、その分弊害が生まれる。長年議論されてきた球数制限もそのひとつだ。

 

現在の高校野球は球数制限がなく、トーナメント制である以上「エースピッチャー」の負担は自然と大きくなる。優勝に近づくにつれ、勝ち残った強豪校と対戦して勝利したいという欲求と、負けたらそれで終わりという要素が絡み合う。ボロボロになりながらも、投げ続ける姿に心を揺さぶられる人は多いのかもしれない。野球アニメや漫画でも、よく見かけるシーンだ。

 

連投や投げすぎは怪我につながる

 

だが、感動や面白さ、伝統という理由で片付けてしまってよいものか。上述した母校のエースピッチャーは、地区予選やブロック大会をひとりで投げ抜いた。だが、肩や肘の疲労が蓄積したことで故障につながり、最速140キロ後半だった球速が120キロから130キロになっていた時期もあったという。思い起こせば、体育の時間に痛々しい姿を見せていた。夏の大会では140キロを超えるスピードを計測するまでに回復したが、一度肩を痛めると再発の不安もある。3年生の夏の大会も決勝までほぼ一人で投げ抜いた右腕は最後のバッターとなり、アウトになった瞬間塁上で泣き崩れた。

 

最後まで一人でやりきったという青春の1ページは、彼にとって大切な思い出となるだろう。それを見ていた私も、ほかの観客たちも大きな感動をもらった。だが、球数制限や登板間隔をルールとして明確に定めておけば、ケガに悩むこともなかった可能性が大いにある。球数制限や登板間隔をルール化させようという動きはなんら不自然なことではない。

 

【次のページ】球数制限の問題点

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