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人権を保障した隔離施設を作るのはどうか

 

これから書くことは決して現実的ではない。非現実的ながらも、もし社会にあればさまざまな人が救われると思うので、ここに記しておきたい。

 

この世から犯罪が無くなることは、おそらくないだろう。大きな犯罪が起きるたびに何かを規制することの繰り返しで、結局何の関係のない一般市民も住みにくい世の中になっていく。後手後手の対策しか取れないのが現状だ。

 

しかし、犯罪者の中には自ら予備軍であることを認識しながらも、公にすることも出来ずに、自身の気持ちに向かおうにも向き合えない状況にある者もいる。そういう人間は衝動的に犯罪を犯してしまうこともあるだろう。だとすれば予備軍の人間たちにとって、決して不利益になることがなく、一般人にとっても犯罪予防に繋がる先手を打つのはどうだろうか。それは、ある程度の人権を認めた隔離施設を作ることである。

 

隔離施設というと刑務所のようなイメージかもしれないが、予備軍という自己認識があるだけで決して犯罪者という扱いではない。日本の刑法は基本的に犯罪行為を行った時点で犯罪者となり、その原則は変わらない。むしろ自ら公益を優先し、届け出た者なのだからそれなりの人権を保障し、専門家らが再び一般社会に戻れるよう解決にむけたアドバイスを施したり、症状によってある程度の規制や制限を受けなければならないものの、ある程度自由に過ごせる環境を与えるものだ。仕事は与えても、苦役が一切ない更生施設や病院といったほうが近いかもしれない。

 

この施設は人権的に問題があると言われそうだが、逆に人権的に優しいものだと私は思う。何故なら問題を認識している人間が、しっかりと自分自身の問題と向き合うことができる施設だからだ。残念ながら、生まれながらに社会とまったく合わない思想や感情を持った人間は必ず産まれてくる。彼らだって自ら望んで産まれてきたわけではなく、望んで自然な感情や思想が社会と合わないのではない。しかし、そうした人間たちは、現状、一生自らを隠し続けて生活するか、露見すれば最終的に社会から排除されておしまいだ。自らの問題を認識できても、どこにも相談できる場所がない。自己責任といえども、到底一人で解決することが不可能な問題だ。社会は殺せだの、厳罰をなどと求めるが、どうすれば治るのか、どうすれば犯罪行為をせずに幸せに生きることが出来たのかまでは考えてくれない。

 

自分の存在を自ら消すという手もあるが、苦しみながら死ぬというのがどれ程恐ろしいかは言うまでもない。例え社会のために自ら死を選ぶことを決めても、社会は安楽死すら認めない。世間としても自殺を推奨することはないだろう。社会から消える術がない時、どうやって彼らの悩みや苦しみを少しでも緩和出来るのか。そして、誰かに被害が及び、かつ犯罪を犯す前に彼らをなんとか出来る術はないのか。それを解決するには、しっかりと自分の問題を打ち明けて相談できる場所が必要であり、社会から切り離されるもののある程度の人権が保障されるものであり、一般人に危害が及ばないよう隔離することが必要だ。

 

自ら予備軍であると名乗り出ることで国家がしっかりと人権を保障することや、アドバイスをくれる専門家を配置することで、予備軍と認識している者にメリットを与え自ら名乗りでやすくする。被害が出る前に隔離すれば、いくつかの被害を未然に防ぐことができる。そして何よりも国民が犯罪について、善と悪といった単純な二元論で話していたものが、より本質的な議論ができるようになるという利点もある。

 

問題はどこまでの自由・暮らしを認めるのかという点だ。犯罪者ではない以上、ある程度の人権を認めなければならないが、例えば殺人願望を抱いている人物をどこまで自由に生活させるのか。隔離したとはいえ施設内で事件が起きてしまえばなんの意味もない。本人が望んで施設に入っているとはいえ、拘束することは人権上大きな問題が生ずる。それぞれ個室の部屋から必要な時以外に出さず、部屋のなかでは自由に過ごせるようにするべきか。施設内ならばどこでも自由に行き来できるようにするべきか。セキュリティーの問題は常につきまとう。

 

また、申請してどのような基準で入所させるかという審査の問題だ。特に問題ないにも関わらず、入所したいとする者もいる。そうした人間をどのように適切に排除していくか。また、それぞれの問題にしっかり対応できる専門家を集めなければならない。人権を認める施設であり、公益を優先して自ら名乗り出たとはいうものの、差別される可能性は否めない。

 

問題点をあげればキリがなく、現実的に到底実現できるような施設ではない。しかし、せめて自らの心のうちを安心して相談できる機関というのはあっていいのではないだろうか。偏見の恐れがあるなら、予備軍だけでなく、いじめ問題ほか社会問題に関する相談窓口にすれば、その窓口に相談していても他人に相談内容が見破られることはない。いまニュースの問題を議論するとき単純な二元論ばかりが渦巻いており、どのように未然に防ぐかを加害者側からの視点で議論されることはほとんどない。しかし、根本的に解決しようと思えば被害者側ばかりでなく、加害者をなんとかする必要があるはずだ。その視点をタブー視してしまうことが良いこととは思えない。

 

こうした施設を作るだけで被害者だけでなく、加害者になりうる人間も救われる可能性がある。設置する意義は大きいはずである。


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