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家に引きこもる人へ

近年、自殺してしまう若者たちが増えている。20代~30代では死因のトップが自殺であり、10代前半、後半でも死因の2位や3位に自殺がランクインしている。いじめだけではなく、様々な要因で多くの若い者が自ら命を絶つ、それがこの国の現状だ。

 

私も現在、家にひきこもっている一人だ。特にいじめられている訳ではないが、外出すると他者からの視線や反応を異常に気にしてしまうため、外にでるたびに相当な気疲れをおこす。それは以前からそうであったのだが、容姿が醜くなればなるほど、毎回外に出ることは耐え難いことなのだ。しかし、唯一、安らぐ家のなかに居続けることすら、いずれは許されなくなる。一見呑気にニート生活を営んでいるように思われているだろうが、決してそんなことはない。次第に追い詰められている現状だ。

 

きっと皆さんもそうなのではないだろうか。このまま安らげる場所にいたいと思っていても、それは許されない。いずれは、苦痛である外に出なければならない。そうでなければ、生きていけないし、”立派な社会人”になれないからだ。そして、そのことを嫌でも分かっているし、その上で嫌でも周囲から言われ、じわじわと追い詰められていっているのではないだろうか。

 

周囲の人たちは、あなたのことをきっと情けない人間だと思っているだろう。そして、あなたに対して色々言っているのは、あなたのためを思って言っていると豪語する。でも、そういう人に限って、あなたの悩みは置いてけぼりに議論を進めようとするから、実に乱暴に見え、あなたはその人のいうことを受け入れられない。

 

そして”甘い”と言われ、益々あなたは自分自身に嫌気がさし、現実逃避に没頭する。残念ながらこの国は精神的に未熟な者が多い「若い時」に、立派な職業につかなければならない。こうやって”悩み”を持ってしまったら、もうドロップアウトするか、無理矢理にも悩みをおいてけぼりにして、外にいくしかないのである。せめて”モラトリアム期間”が認められれば良いのだが、その期間も批判的な意として取られている。なんせ自殺者2~3万人、未熟な若者の死因トップが自殺の国だ。別におかしくもなんともない。それが”普通”なのだから。

 

さて、周囲の人間があなたたちのことを「情けない」と評するだろうが、私はあなたたちのことを「優しい人間」であると評させていただこう。もし、優しくない人間ならば、他人に迷惑をかけてもいいと外に出て、敵となる悪口を言ってくる人間たちに対し、いくらでも罵倒の言葉を浴びせることも出来るだろうし、見下すことで心を保つこともできるだろう。それでもあなたは家にひきこもる。何故か?自分が傷つきたくないというのもあるだろうが、相手も傷つけたくないのだ。本来は皆で仲良くしたいと思っている。

 

それが叶わないし、かと言って心のなかで見下すであるとか、相手を罵倒することも人間としてしたくない。その気持ちが、玄関のドアを開けることを出来なくさせているのではないだろうか。一方的に傷つけられることは、誰にとっても耐え難いものだ。しかし、人を傷つけたくないあなたは、反撃することもできない。だから、外に出るのが怖いのである。

 

きっとその気持ちによって”良い人”だと周囲から評価され、自分自身のアイデンティティになっているかもしれない。それを崩せば、その良い人である自分の評価は崩れ、周囲に誰もいなくなってしまうかもしれない。それが、ジレンマとなってあなたを押し寄せている。

 

でも、あなたは別に良い人にならなくてもよいのだ。立派な人間にならなくてよいのだ。もっと言えば、他人に迷惑をかけ、自己中心的な人間となっても、友達がいなくなっても、それでも良いのだ。きっとそうすると、周囲の人間はあなたを止めに入るだろうが、あなたが「生きやすくなる理由」「生きている理由」となるならば、それもまた構わない。

 

私は最近とある哲学者の動画や著書を見て、今まで行ってきた”社会に対する批判”に自信を持てた。そして、その哲学者の方が一つの解を示してくれたのである。相手に嫌われても、自分が好きならば好きという信念を貫けるようになれと。相手が嫌いだから、私も嫌い。相手が嫌いだから、私は好きだけど我慢するなど、相手に合わすのではなく、自分がどうしたいかを中心に考えろと。

 

生きていく上では、周囲の人間を犠牲にすることもある。いや、しなきゃ生きていけない。だから、あなたはその優しさを捨てることが必要となる。皮肉なものだ。その優しさが取り柄だったあなたから、優しさを取り外さなければ、あなたが死にそうになるなんて。

 

残念ながら、誰も傷つかない社会を求めているのは”幻想”でしかない。あなたを傷つけてくる者に対して、あなたは傷つけなかったかもしれない。それによって今まで秩序が保たれてきたかもしれない。それは称賛に値するものだろう。だが、それではあなたの身がもたないのだ。あなたを傷つける者がいるならば、あなたはその者を傷つけてでも、生きやすくする選択を取るべきだろう。それが大勢の人間からの批判を買っても、それで自分を守り生きることができるなら、自分中心で良いのである。

 

それがあなたを結果的に”真の優しい人間”にさせるかもしれない。傷つける人間を第三者的な目で目の当たりにしたときに、寛容な目で見られるあなたを作り出すことになるかもしれない。あなたは、今とても苦しんでいるかもしれないが、苦しんだことで”味わいのある人間”になるに違いない。

 

「他人に負けるな。自分を持て」私自身を含めた、引きこもりとなっている方に、この言葉をどうか送りたい。

 


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