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2019年01月23日(木)
精神疾患とどのように向き合っていくか

本サイト機関紙で公表した通り、先日、生まれて初めて精神科を受診した結果、「社交不安障害の可能性が高い」と診断された。大学を中退し、引きこもりになってから早6年。医学的にようやくその原因がひとつ解明された。

 
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精神疾患を公表することは勇気のいることだった。糖尿病を患った時はすぐに結果を公表したのだが、精神疾患となるとそう簡単にはいかない。何せ就職活動に大きな影響がある。特に私が心からなりたいと思う記者という職業は「人と会って、人と会話する」ことが仕事だ。社交不安障害になっている人間を、記者として雇用しようとするマスメディアはいまい。優秀な人材ならまだしも、引きこもりやニート歴、さらには大学も中退している輩である。私自身も、この社交不安障害を取り除かなければ記者職どころか、その他の仕事ですら務まらないのではないかと絶望的な思いを抱いている。

 

尤も厄介なのは、一見「普通に見られる」ことだ。ウェクスラー式知能検査を行った結果、言語性や言語理解の分野では平均以上だったIQが、知覚統合、処理速度の分野ではわずか66しかなかったのだ。臨床心理士による所見では「能力ごとにばらつきが大きいため、社会生活上の様々な困難が考えられます」と書かれていた。言葉を理解したり、表現することが得意なため、他人からみたら特に問題がある人とは思われにくく、語彙力が豊富で的確に表現することが得意なため「過剰に評価されやすい」傾向にある。ただ、ほかの能力との差が明らかに大きすぎるために、その過剰な評価は不安や社会生活上の困難になる要因になると考えられるというのだ。

 

普通に接している分では、普通な人間であると思われているがために、ガッカリされやすかったり、非難されやすい。私自身も知的能力にバランスを欠いているなど夢にも思わなかったため、ダメ人間としか思っていなかった。それだけならまだしも、他人とは違うコンプレックスを持っているため、外に出て人の目に触れることが苦痛だ。一期一会ならまだしも、継続していく交友関係はよっぽど心開いた人間でなければ難しい。今や自分の居場所は、家族と共に暮らす実家とインターネットの世界でしかない。過去に評価してくれていた人間たちと会うことも恐ろしく、そんな不安感から様々な局面をなるべく避けようとして、その行動が結果として高校以来の友人も失うことに繋がってしまった。

 

私のような人間と友人関係を保ち続けることよりも、健全な友人と新たな人間関係を構築したほうが、その友人にとって良いことではないかと思う反面、やはり寂しさもある。そして、相手の目には映らない「障がい物」をどのように処理して、どのように人と接すればいいのか。悩みは尽きない。「自分がその立場にたって、はじめて本当の意味が理解できる」とよくいうが、自分自身も含めていかに精神疾患や、目に見えない障がい物を抱えている人への無理解を感じた。他人から傷つけられ、さらに自分自身も「ダメ人間」と思い込んでしまい、自ら命を絶った人もいたかもしれないと思うと、「無理解」や「社会が理解しようとしないこと」がどれほど恐ろしいことかを考えさせられる。

 

未だに精神疾患に対する偏見や理解が進んでいない日本社会である。精神疾患は日本でも増加傾向にあり、厚労省が発表した2008年のデータでは100万人以上がうつ病であるといわれており、平成26年度の内閣府の障害者に関する調査では約320万1000人が精神障害者とされている。精神疾患は身体障がいと同様にひとりでなんとかできるものでは到底ない。社会や、周囲の理解が必要不可欠なのだ。ただでさえ他人に不寛容であると言われる日本社会。精神疾患を患った者たちは、日本社会がいかに疾患を理解するかによって、良好な結果に向かうスピードが大きく変わるだろう。私ができることはこのブログで精神疾患の情報を発信していくことにある。


  

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