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文春砲が喝采を浴びる昨今、週刊誌のスキャンダル記事に価値はあるのか

その年の世相を表す新語・流行語大賞に「文春砲」と「センテンススプリング」がトップテン入りした。惜しくも大賞は逃したが、普段週刊誌を読まない読者層にも「週刊文春」というブランドを轟かせた一年だった。タレントのベッキー、宮崎謙介衆院議員、テレビ朝日アナウンサーの不倫問題、甘利明内閣府特命担当大臣の金銭授受問題、読売ジャイアンツ所属選手の野球賭博問題、舛添要一東京都知事の公用車・政治資金不正問題など、今年のニュースは週刊文春が引っ張ったといっても過言ではない。

 

しかし、文春砲が炸裂すればするほど他の週刊誌や報道機関が色めき立ち、必要以上に加熱する報道合戦によってメディアリンチの被害が懸念される。「文春砲」、「文春無双」と持ち上げるコメントが多いが、まるでスキャンダル記事が国民の娯楽になっており、それを楽しむかのような風潮に違和感を感じずにはいられない。文春砲などの週刊誌のスクープ記事と言われる様々なニュースに対して、公益にかなうものとそうでないものを国民がしっかり見分ける必要がある。

 

今年特に騒がせていたのは「不倫問題」だ。テレビのワイドショーをつけるたびに不倫問題が取り上げられていたと大げさに言ってもそれほど違和感がないほど、不倫の年だった。上述した人々が白い目で見られ、国民からの非難を浴び、それぞれ謝罪した。しかし、不倫というのは家庭内で片付けるべき問題であり、彼らが私たちに謝罪しょうと双方にとってなんの得もないのは明白だ。誰が得をするのかというと、売り上げや視聴者数を獲得できる報道機関と、人が落ちぶれていく様を痛快に感じるゲスな国民だけなのである。

 

公人である政治家の不正問題や、八百長や暴力団に関わる野球賭博問題は公益になるので、週刊文春の報じた功績はとても大きい。新聞社やテレビなど大手メディアが突っ込みにくいところに足を稼いで取材をし、世に出回らなかった記事を掲載することは、表現の自由によってなされる民主主義国家のなかで大きな意義があるのは間違いない。

 

だが、著名人や芸能人のプライバシーを暴いたところで公益となるだろうか。彼らを擁護してしまうことになるが、人間は誰一人完全ではなく、良い部分と悪い部分があるのは当然のことである。過去や現在を調べあげれば、誰だってひとつやふたつスキャンダラスなことを持っているだろう。その一部の悪い部分をスキャンダラスに報じ、社会的制裁を加えて、一人の人間を社会から抹殺することで、自分たちの悪い部分を棚に上げて喜ぶゲスな国民を楽しませる。そこに本当に価値はあるのだろうか。

 

人が落ちぶれていく様を見て、売り上げが伸びる週刊誌とそれを喜ぶ我が国の善良な国民たち。「完璧な人間」しかこの世に認めないような、その狭量さにこの国の閉塞感の根源をみる。以前の記事でも述べたが、日本は経済的には裕福であるが、社会的に未成熟な国家なのである。加熱する報道に対して、我々国民ひとりひとりがニュース記事をしっかりチェックし、好き嫌いではなく、公平な目で記事の良し悪しを判断するスキルが求められている。


  

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