好きなことを好きなだけ表現する

個人ニュース、コラム、写真などコンテンツ豊富なオピニオンサイト

社会を動かせるという理由は新聞社の奢り、顔写真・実名報道する必要はない

座間市で起きた9人連続殺人事件で、被害者女性の実名と顔写真が多くのマスメディアによって報じられ物議を醸している。あるスポーツ紙は遺族が玄関先に「実名報道しないでください」などと報道陣に嘆願した張り紙を貼ったという内容の記事を掲載。しかし、あろうことかその記事に被害者の実名を入れて報道し、読者や世間からひんしゅくを買った。これまでにも被害者の実名・顔写真入り報道には異論があったが、改めて被害者のプライバシーに配慮しないマスコミの報道姿勢が浮き彫りとなった。

 

報道機関もこの問題に対して見解を示した。九州のブロック紙である西日本新聞だ。11月14日付社会部長署名入り記事で、被害者の顔写真掲載を巡り、社会部内で議論になり、意見が割れ平行線のままになったことを明かしている。

 

 9人全員の身元が判明したことを報じる11日付朝刊で、全員の顔写真を掲載するかどうか。社会部内でかなりの議論になりました。

 1枚の顔写真は、生身の人間がこの凄惨(せいさん)な事件の被害に遭った、という現実を何より訴え掛けてきます。どうすればこの種の犯罪を防ぐことができるかと、社会を動かす力にもなります。

 一方で、東京新聞によると、多くの被害者遺族から顔写真や実名の報道を控えるよう要請がきています。その思いは胸に突き刺さります。

 社会部の意見は割れ、平行線のままでした。(1)事件の重大性を社会が共有するために、9人全員の写真掲載は1度に限る(2)個別の写真掲載はできるだけ繰り返さない-。現段階ではこう結論付け、11日付朝刊に載せました。

 正しい判断だったのか、一切の顔写真掲載を避ける判断もあったのではないか。正解は見えず、社内の議論は続いています。

ー西日本新聞11月14日付「顔写真報道の議論続ける 西日本新聞社会部長」記事よりー

 

この「社会を動かす力」の恐ろしさをもっと考慮するべきだ。多くの報道機関は自ら考える「正義」にこだわりすぎており、写真を掲載する理由しか探していない。上記の記事でも、意見が割れたと記されているものの、掲載するべきではないという意見は紹介されていない。記事の顔写真入りの是非について触れ、社会部長の署名入り記事で経緯を発表する姿勢はよかったが、意見が割れていたのなら、「掲載するべきではない」という記者の意見も紹介してほしかった。

 

筆者は被害者の実名・顔写真入り報道に否定的だ。法律上、死者は個人情報保護法や名誉毀損罪などの対象外だが、ただでさえ遺族は犠牲になったことでショックを受けている。それにも関わらず被害者のプライバシーを実名・顔写真入りで報じられれば見ず知らずの人間からの視線や言動に耐えていかなければならない。「社会の目」に怯えながら生きていくことになる。被害者も報じられたくない情報を全国に流されてしまう。顔写真と名前と共に被害者の行動を全国に向けて報じるのは、死者に鞭打つような行為だ。特に現代はSNSで情報が瞬く間に拡散してしまう。報道する側の人間ならば、報じることによる責任、恐ろしさを誰よりも感じているはずである。「社会を動かす力」はこうした被害者や遺族に対して実害が伴うものだと分かっていても、自らの考える正義を優先するというのか。

 

読者だってバカではない。実名や写真を掲載せずとも、被害者の年齢等の個人を特定されない程度の情報や殺害状況、その他の補足情報だけでも、十二分に事件の内容を把握できる。実名や写真が「社会を動かす」というのは新聞社の奢りだ。被害者の行動も報じるべきと判断したならば、被害者が不特定多数の人間に特定されないように配慮して事細かな被害者の行動を報じればよい。社説では被害者に寄り添ったような主張を行う各新聞社だが、被害者自身のプライバシー、遺族に配慮しない姿勢は「第二の加害者」になってはいないか。そう感じずにはいられない。

 

以前、本サイト記事「自説|実名報道の在り方を変えよ」https://shigefika.com/news/social-news/188/)では加害者に対する実名報道について述べたが、そもそも実名報道自体、加害者・被害者関係なく慎重であるべきだ。新聞社も何かあるたびに「人権意識」「個人の尊厳」と声高に主張してきたではないか。そんな各新聞社が「個人の尊厳・人権を基本的には優先的に尊重すべきで、権力を持つ公人や、社会的影響力が強い準公人とも言われる有名人以外の実名報道は、どの報道機関も慎重であるべきだ」とする筆者の意見に、まったく耳を傾けないとは思えない。「紙面映え」を優先し、ライバル紙よりも商業的に優位に立ちたいというなら別かもしれないが。

 

第四の権力と言われる報道機関も結局は商売だ。自らの商売に関わると途端に「個人の尊厳」や「遺族への配慮」を忘れてしまう。しかし、被害者の尊厳や遺族の生活に大きく影響が及ぶのである。社説風に言うならば、報道のあり方について読者や遺族の意見に“真摯に耳を傾けるべきだ”。


  

FavoriteLoadingこの記事をクリップリストに追加する 
SHIGEFIKA会員ログイン




パスワードを忘れた
新規登録
SHIGEFIKA会員とは
週間人気記事ランキング
最新記事
更新情報/Twitter
常論新聞
編集部からのお知らせ