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新聞記事で最も読まれない社説を変革すべき

(写真:新聞各紙の社説欄=衣田史景・撮影)

 

社説は新聞社としての立場・意見を表明する記事であり、論説委員と呼ばれる専門記者がニュースの背景を解説しながら、主張を書いていく。社説を読めばその新聞社の政治的スタンスがよく分かり、筆者もよく読み比べをする。

 

だが、一般的に社説はあまり人気がないようだ。公益財団法人「新聞通信調査会」が実施した世論調査のデータを見ると、2010年から2016年にかけて「新聞でよく読む記事は?」という設問に対し、毎年「読まない」と答える割合が他の記事に比べて社説は断トツ高い。2016年の調査では、社会に関する記事や地元に関する記事などの記事を「読まない」と答えた人の割合は4・7〜14・9%程度であるのに対し、社説に関しては27・4%と高い割合になっている。

 

要は読者は新聞社が出す意見にあまり関心がないのである。好きの反対は無関心とはよく言うが、社説の価値はないのだろうか。しかし、社説を大きく改革すれば、新聞のオピニオン欄がより充実し、報道記事に並ぶほど読者から注目されるのではないかと筆者は考えている。関心がないという悲観的な調査データでも、裏を返せばそれだけ伸び代があるということだ。新聞は報道機関であるとともに、言論機関だ。言論機関としても、読者や世間から一目置かれるようになれば、部数が減り続ける新聞の新たな活路にもなる。

 

どのように改革するかというと、社説を社の意見として掲載するのではなく、論説委員各々よる意見記事を掲載する紙面に変えるのである。そもそも新聞社の意見を読者は求めていない。社としてたった1つの意見を掲載するよりも、ニュースに対する様々な見方を提供したほうが、読者にとって参考になるはずだ。論説委員がそれぞれの見解・意見を掲載することで、読者はニュースをより多角的な見方ができるようになる。さらに、それぞれの論説委員に「ファン」・「アンチ」もつくだろう。その論説委員への好き嫌いが読者の「読みたい」という購読意欲を掻き立てる。

 

せっかく社を代表する論説委員たちがたくさんいるのに、たった1つの意見に擦り合わせるなどもったいない。数々の現場を取材してきたベテラン記者たちが、ニュースに対する考えや、独自の見方を掲載することは大きな価値がある。それに、論説委員同士が紙面上で対立した意見を書いているのもおもしろいではないか。ニュースに対する意見は立場によって違うことを、読者に魅せることができる。

 

東京新聞の長谷川幸洋論説委員は、他の新聞社や雑誌にも連載を持っている。それを見ると東京新聞の主張とはまるで違う。東京新聞の読者からは批判も多いようだが、違う立場の人間を論説委員に置くという東京新聞に私は感心したものだ。言論機関には立場の違う人間の主張もしっかり聞くことが求められる。対立した意見が一つの媒体に載り、読者が両論を見比べられる環境を作ることは、民主主義国家の言論機関として重要だ。特定のイデオロギーを主張するのではなく、新聞社は言論機関としての矜恃を持って、最も良い言論空間のあり方を模索していくべきだ。

 

近年、発行部数を大きく減らし続けている新聞。電子版などに力を入れ始め、活路を見出そうとしているところもある。ネットへの方向転換も必須だが、新聞のデータを参考に読者に満足されていない部分を大きく改革する取り組みも必要ではないか。伝統や慣習を守り続けるだけでは、読者は帰ってこない。


  

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