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NHKの民営化はすべきでない 視聴率競争は決して国民の利益にはつながらない
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NHK(日本放送協会)の民営化についての是非が長年議論されているが、私ははっきり言って反対である。受信料徴収のやり方に大きな問題点はあることは言うまでもないが、「公共放送」は国民にとって必要なものだからだ。

 

なぜNHKが国民にとって必要か。「公共放送」は国からもスポンサーからも独立した存在だ。様々な組織や団体などから影響を受けずに、市場原理に左右されない有益な公共放送を行うことで、国民の公共の福祉に寄与するための存在である。

 

NHKの番組を見ていると、視聴率主義・スポンサー収入運営の民放では決して放送できないおもしろい番組が存在する。私がよく見ているのはEテレで放送している「白熱教室」、「スーパープレゼンテーション」、「新世代が解くニッポンのジレンマ」、「オイコノミア」。NHK総合の「NHKスペシャル」、「クローズアップ現代」、「その時歴史が動いた」などの教養番組だ。

 

これらの番組は「お堅い」番組だ。学者や有識者たちが意見や見解を延々と述べる。はっきり言って腹を抱えて笑う娯楽の意味での面白さはない。もしこれが民放の番組ならば、視聴率を稼ぐためにアイドルやお笑い芸人を入れて進行するだろう。その方が華があり、専門外である同じ目線の人間がいることで安心感があり、専門家がその人にわかりやすく説明してくれることで、視聴者が置いてけぼりになることはない。見やすさでいえば圧倒的に民放のほうが見やすく、おもしろいのだ。

 

だが、「お堅い面白さ」というものがある。難しい単語や専門用語が並べられる学者や見識者たちの意見は分かりにくい。しかし、それを駆使して笑いもなく真面目に延々と語り合っている様が実に面白い。例え置いてけぼりになったとしても、後からその単語や専門用語の意味を調べることで、新たな知識を身につけることができる。たとえ私のような低学歴な人間であっても、専門家や有識者たちのみが集まって見解を述べあうさまは見ていて勉強になることがある。そんな番組を視聴率至上主義である民放各局は制作できるだろうか。

 

インターネットサイトでも同じことが言える。「見やすさ」、「痛快さ」、「おもしろさ」、「分かりやすさ」を多くの人が求めるために「文字数の少ない」、「毒舌でセンセーショナルな」、「みんながコメントできる」、「芸能やスポーツなどのエンタメ系」というようなサイトがアクセスを稼いでいる。アクセスを稼いでいるサイトは4つのうちどれか一つ当てはまる可能性が高い。

 

テレビやインターネットはあくまでも「娯楽」であるという感覚の人が多いのだろう。仕事や学校で疲れて、テレビやインターネットまでお堅いもので頭を使いたくないという感情そのものも理解できる。だとすると、ビジネス的に言えば上述したエンタメ性を重視したものを制作し続けるのが正解なのかもしれないが、そのような市場原理によって教養番組が淘汰されていくのは感情的に忍び難い。

 

小学校低学年の頃、父親がNHKの番組を見ていると「民放に変えて欲しい」、「NHKおもしろくない」と思っていた。大河ドラマやその時歴史が動いたなどの歴史系、天才てれびくん、ワクワクさん、にんげん日本史、忍たまなどの子供向け番組は好きだったが、そのほかの国会中継やドキュメンタリー番組など「なにがおもしろいの?」としか思えなかった。時が経ち、いまでは自分もその面白さに気づいてしまった。

 

大衆には支持されないが、時として有益な番組を放送し続ける放送局。視聴率を追い求めれば自然と純粋な教養番組の姿は消え、「多くの人に見てもらうため」の番組作りに方針転換になる。そして民放と同じような番組になるのは目に見えている。それはある意味で国民の機会損失であり、国民の利益につながるわけではない。

 

強制的な受信契約は問題だが、市場原理では見れない番組の価値を一度考えるべき

 

問題となっているのは受信料の徴収だ。契約した覚えのないものをテレビを設置するだけで契約することになることは、取捨選択が出来て当たり前の現代としてはおかしな話だ。拒否する権利がないのだから、NHKに反発が出るのも致し方ないことである。

 

その一方で、市場原理では放送できない有益な番組を放送できるのはNHKであることもまた事実だ。独立した放送局でありつづけるためには、国民からの受信料徴収が必要なのも理解できる。自分で情報を取捨選択できる時代になったものの、好みだけを選択し続けていればそのぶん「まだ実感としてない自分の好みの情報」と出会う機会を失ってしまう。

 

その機会を提供できているのは「国民の負担」に他ならない。有料チャンネル化して視聴したい人のみが見ればいいと言えばその通りだが、わざわざ有料契約してまで教養番組を見る人間は、よほど意識の高い人間か、生活にゆとりのある者しか無理だろう。ある意味、無理矢理契約して(=放送局の独立と運営が可能)絶対に放送している(=視聴率にこだわる必要がなく、内容重視で放送される)からこそ得られる貴重な機会なのである。

 

国民がその機会を価値があるものだと思わなければ、その時はNHKが民営化するときだ。そうなればやむを得ないだろう。だが私はこの競争社会のなかで、競争社会から外れたからこそ「価値があるものを提供出来る」というのは、とても興味深く、ある意味で現代社会で最も価値があるものと言えるかもしれない。ただ、せめて263億円というとんでもない黒字が出たからには、受信料は下げるべきであるということは言っておきたい。

 

もし国民がその機会について考え「お金を払ってまで得られる価値はない」として民営化するならば、せめて深夜番組やいくつかの番組は他の番組の利益で埋め合わせしてでも、視聴率競争からかけ離れた「価値ある教養番組」を追求してもらいたい。もちろんこれまでの話は私にとって価値あるものでしかないが、それを見る機会があるだけでも国民にとって価値になるはずだ。


  

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