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2019年01月23日(木)
SNS「イイネ」の効果、承認欲求の誘惑に負けてはオピニオン記事は書けない


 

先日、SHIGEFIKA会員専用のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)サイト「BONDS(ボンズ)」を立ち上げた。利用人数は少ないが、少ないからこそ気軽に投稿でき、管理するにも目が行き届きやすいことは大きな利点だ。そもそも利用者の多くは私と仲良くして頂いている友人たちなので、特に管理者としてすることは今の所ほぼない。今後も長く繋がりたいと思える友人や会員の方々を中心に、狭いコミュニティを築いていきたい。

 

私はこれまでにもいくつかのSNSを利用してきた。「mixi(ミクシー)」から始まり、「モバゲー」「GREE(グリー)」「Facebook(フェイスブック)」「Twitter(ツイッター)」など有名SNSはだいたい利用したことがある。そのうち熱心に利用したものは「ミクシー」と「ツイッター」くらいだ。

 

大学に入ったばかりのころはミクシーが主流で、離れ離れになった高校時代の友人や大学で新たに知り合った友人たちとコミュニケーションを取ることを目的としていた。その当時は自分の投稿にイイネやコメントなどの反応がくることに喜びを感じていた。ミクシーから離れ、ツイッターに夢中になるといいねや友達の数などはどうでもよくなり、自分が考えた意見や思いを率直に発信することに価値を置くようになった。

 

人から認められるよりも「自分らしくいられる場所」が好きになった。これまで多くの人に認めてもらえるように努力し、結果としてそれなりに認めてもらえて良い思いもさせてもらった。だが、それ以上に疲れ果ててしまったのだ。だからこそ私のアカウントはフォロワー数も少なく、いいねやリツイートなどの反応もほとんどない。自己満足に自分の思いを淡々と書いていくだけである。それが自分にとって何気に居心地がよかったのだ。

 

ただ、最近その思いが崩れかけたことがあった。私が憧れる新聞記者の方がフォローしてくださり、私のツイートに「いいね」をして頂く機会があったのだ。煽りや皮肉、友達関係のお世辞的なものではなく、純粋な意味でいいねをされたことは久々だった。自分のつぶやきに誰かが反応するという喜びをすっかりを忘れていたのである。そんな時に憧れの職業に就いている方から自分の投稿を見ていいねして頂いたのだ。人から認めてもらえる喜びを久しぶりに味わった気分だった。「これが自分に潜んでいた承認欲求か」と実感できた瞬間でもあった。

 

純粋に嬉しかった。しかしその反面、困ったことも起きた。恐らくそのいいねして下さった方は政治的な思想信条が違う人だ。これまで自分の好きなように思想信条をつぶやいてきたが、自分の投稿を読んで認めてくださった方と違う思想信条をつぶやいて「嫌われたくない」「良い関係でいたい」という思いが表出してしまったのだ。情けない話である。

 

オピニオンサイトを運営する者として、人に阿るようになってはいけない。意見というのは人から認めてもらうためではなく、例え四面楚歌になっても自分が正しいと思えることを書き続けることが大事だ。それはただ頑なに貫けば良いというものではない。何事も“主体的”に善悪や正誤の判断下すという意味である。

 

そして、この「人から認められた喜び」こそが、SNSの投稿を過激にしてしまうのではないかと考えるようになった。現在、選挙の真っ只中で政治関係のつぶやきを見れば、対峙する相手に辛辣で時には過激な批判をし、同じ思想を持っている同士が「いいね」「リツイート」をしあっているところをよく目にする。それは左派、右派どちらともで、多様な意見を認めようとする姿勢には到底見えない。

 

こんなにも過激な意見が一般人だけでなく、政治家やジャーナリスト、その他知識人からもつぶやかれるのは、同じ思想を持っている人々から「いいね」を無意識に欲してしまっているからに違いない。いいねをくれる相手や集団に阿り、その人たちに受けそうな過激な言葉を投稿して、自らの承認欲求を満たす。集団化すればするほど、その欲求は深まっていく。

 

私はいいねの欲求をしっかりコントロールしながら、他者におもねることなく、自ら正しいと信じる率直な意見をこれからもつぶやいていきたい。そのうちまた偶然にもフォロワーの方が共感していただける意見があると信じて。


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