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2019年01月23日(木)
新聞記者、テレビ記者の括りもなくなり、「ニュース記者」の時代がくる

 

時代の変化と共に、新たなものが生まれ、古きものが消えていく。それは「発展」を求め続けている人間社会の宿命だ。その宿命は社会の在りようを写し続けてきた「新聞社」や「テレビ」にも容赦なく襲いかかる。

 

ここ数年、新聞の発行部数やテレビの視聴率は軒並み下降している。インターネットが社会を激変させたのだ。情報社会となったいま、無料で様々な情報に触れることが可能となり、娯楽も多様化した。その主要な情報は「通信社」「新聞」「テレビ」などの旧メディアが未だに大きな影響力を持って発信しているものが大半だが、インターネットに呑み込まれてしまいそうな状態は見るに耐えない。多くの支社・支局に記者を置いて取材を行い、校閲や整理部などによるチェック体制を整えている。そこまで整備できる新興メディアはそういまい。未だに旧メディアが国民から信頼される理由はよくわかる。

 

ただ、「伝統」にとらわれ過ぎ「旧態依然」から脱出できない状況にある。これまでは「新聞」や「テレビ」にはそれぞれに特徴があり、情報蒐集としての差別化もしっかりなされていた。ところが、インターネット社会でニュースが見られるようになって以降、文章記事でも、映像ニュースでも、ウェブサイトや専用ニュースアプリで見ることが主流になっている。この時代についていくためには、早い段階で「ニュースの総合デパート」に切り替えることだ。

 

一つのニュースサイトを運営し、文字による「ニュース記事」や、「映像ニュース」を配信する。読者に「ニュースを見るなら、とりあえずこのサイトに行こう」と思われなければならない。それはまさに「ニュース屋さん」だ。ニュースを伝えるにも、さまざまな方法があるが、それを網羅したサイトを運営する必要がある。むしろ全国紙より地方紙のほうが差別化しやすく、相性がいいかもしれない。

 

そして、これまでの旧メディアと絶対的に違うのは「コラム記事」に力を注ぎ、読者の意見もしっかり反映させることだ。左右、様々な立場の有識者を囲っておき、記者が書いたひとつのニュース記事をそれぞれの立場から自由に論評・解説する記事を書いてもらう。公平さというのは難しい以上、コラムや論評と言った記事で様々な立場の人間が意見を書き込む方がよっぽど中立に見せるやり方だ。そして記事をみた読者が判断して、読者もまた意見を書き込む。

 

ストレートニュースから「様々な立場の人間による」コラム記事、そして読者に伝わって読者からの意見。この一連の流れが重要なのだ。ニュースは読み手が意見するようになって、初めて意味のあるものになる。旧メディアにも読者投稿欄があったものの、旧メディア側が厳選して掲載している点で、読者側は意見を発信できる状況ではなかった。それが新メディアの良い点であり、新メディアの新たな役割なのだ。

 

ニュースはただ伝えるだけではない。様々な見方があることを読者に示す。それが「中立・公平に伝えること」だけを考え過ぎて、報道に欠けているところだ。中立で公平さも大事だが、偏った見方や、人と違った見方もできることを、もっと示すべきなのだ。

 

旧メディアの取材力や情報の信ぴょう性は、太刀打ちできるものではない。その旧メディアの良さと新興メディアの良さを併せ持った「ニュース屋」さんで、ニュース界を激変させるべきだ。まだまだ旧メディアは進化することができるはずだ。


  

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