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PV数至上主義時代のウェブサイト運営、アクセス数ばかり気にして本当に面白いのか

 

「まとめサイト」や「Youtuber」などによる過剰な演出など、ウェブサイト全体でPV至上主義と言ってもいいほど、アクセス数を集めることに最も価値を置いた運営者が多くなってきているように実感する。会社が運営するウェブサイトや、アフィリエイトなどの広告収入で生活している人間にとっては死活問題なのだろうが、アクセス数だけを気にした運営が楽しいわけがない。個人が制作するウェブサイトはアクセス数に1番の価値を置くのではなく、「アクセス数があがった。ラッキー」程度の認識のほうが心から楽しんでウェブサイト運営することができる。

 

弱小ウェブサイトの負け惜しみと言われるにちがいない。実際にそうかもしれないが、個人が作るウェブサイトでアクセス数などそう簡単に集まるわけがない。私が作ったウェブサイトは、アクセス数に最も価値を置くサイト管理者ならとっくに閉鎖しているレベルのアクセス数の少なさだ。たまにツイッターなどで年間や月間のアクセス数を恥ずかしげもなく公開していたので、その数字を見た方はどれだけアクセス数が少ないかご存知のはずだ。フォロワーの数自体も少なく、アクセスを集めるためにはなんらかの改善が必要になってくる。

 

1年半以上そんな状態でも未だにウェブサイトを放置せずに更新し続けるのは、アクセス数に価値を置いてないからである。全く置いていないといえばもちろん嘘になるが、参考程度・上述した「ラッキー」程度が最も適切な表現である。私はそれよりも「自分が思い描くウェブサイトの形にどれだけ近づけるか」や、「自分なりの意見を公表し、データーベースとして蓄積していく場所」のほうに価値を置いている。

 

もともと私が本格的にブログをはじめたのは大学を中退したばかりの20歳のころ。友達とのコミュニケーションツールとしてアメーバブログを使っていたが、「自分らしい」サイトデザインにこだわる悪癖があったためhtmlやcssをいじるようになっていった。その気持ちは尽きることなく、まとめサイトのような自由なレイアウトに憧れていた。そのためさらにデザインが自由に出来る場所を求めて、ほかのブログに移転していまのデザインの原型ができていった。ブログを初めた初期のころから自分が思い描くサイトの形をどれだけ表現できるかというのが楽しくて仕方なかったのである。

 

最近フリーライターの方に記事を書いてもらったのも、いろんな人の記事が掲載しているサイトという自分の思い描いたカタチであるし、ニュースティッカーを左上に流しているのもニュースを左上に置いたらかっこいいなという自分の思い描いたカタチなのである。そこに手間暇かけたとしても、自分のアイデアや思い描くイメージが具現化すれば楽しいというのはわかってくれる人もいるのではないだろうか。

 

また、自分の意見をこの世に公表して、残すというのもひとつの価値だ。大昔の人々は日記などで自分の意見や考えを手紙や日記でしっかりと書き残していた。私自身も何を考えて生きていたかを後から見返して「頭悪かったなあ」と成長した私が嘲笑いたいし、もし私自身に何かあった時に家族や親しい人間が自分の思いや考えをしっかり見てくれることにもなる。書くという作業によってあやふやだった自分の意見がまとまるし、「考える」という行為そのものにつながる。このように究極な自己満足な価値を高めたほうが、私はウェブサイトの運営を楽しんでできるのではないかと思う。

 

アクセス数を気にすれば読者に媚びた記事を書いてしまったり、何かと自由に意見を書けなくなるといった弊害もある。そんなことをする必要がなく、自分の率直な意見を掲載できる現状は大変有意義なサイトだと自負している。細々とサイト運営を楽しむことだって、非常に大きなメリットだ。だからこそ常論新聞のような利用規約に合意する必要がある会員制のサイトも作ったし、無法地帯のネットでは自分の言論空間を維持・保守するための一手も考えなければならない。それに更新を続けていると、数人くらいは見にきてくれる人がいるもので、内向きなサイト運営でも十分楽しむことは可能だ。

 

過剰な演出をしなくても、ウェブサイトを楽しむ方法や価値は別にあるということを、多くのウェブサイト管理者に知ってもらいたい。


  

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