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【書評】「学力」の経済学

主観的教育論ではなく、科学的根拠から教育を語る一冊
 

経済学と名がつくと、お金に関わるお話かとお思いになるかもしれないが、本書は決してそうではない。経済学のようなアプローチで、科学的根拠を基に教育論を展開するという意味である。慶應義塾大学総合政策学部の中室牧子准教授は、教育論といえば教育評論家たちが「主観的」なものばかりを主張していることに疑問を抱いていたという。本書は、これまで教育で常識とされてきた数々の主張に対し、学術的な疑問点や考え方を説明しながらエビデンス(科学的根拠)を基に鋭くメスを入れている。大学で経済学や統計学を学ばなかった人間でも読みやすい一冊だ。

 

私事だが教育に少し興味を持ち始めたのは、大学1年生のころである。大学で心理学の授業を受講した際に、親や家庭環境が個人の人格形成や教育に大きな影響を及ぼすことを知った。両親や今まで歩んできた道を責めたり、否定するつもりなど毛頭ないが、私が受けてきた教育は教育学としては正しかったのかずっと気になっていた。非常に浅薄な考えかもしれないが、社会としての教育の役割よりも、パーソナルな観点から教育へ興味が沸いたのだ。

 

たまたま見ていたテレビで本書が紹介されたのを見た時に、購入することに迷いはなかった。今まで私が気になっていた「自分自身が受けていた教育は正しかったのか」という問いに、科学的な根拠から答えてくれる一冊なのだ。

 

具体的にどんなことが書かれているのか。例えば、因果関係と相関関係の違いについての記述がある。暴力的なゲームをすると反社会的な人格になるという報道をよく耳にする。しかし、「暴力的なゲームをするから反社会的になる(因果関係)」か、「反社会的な人格の人間が暴力的なゲームを好むのか(相関関係)」では意味が変わってくる。本書はその疑問を投げかけ「中学生を対象にした大規模な研究によってゲームが必ずしも有害ではない。更に17歳以上の子どもが対象になるようなロールプレイングなどの複雑なゲームは子どものストレス発散につながり、創造性や忍耐力を養うのによい影響がある」という海外の研究結果を示し、「ゲームの中で暴力的な行為が行われていたとしても、それを学校や隣近所でやってやろうと考えるほど、子どもは愚かではない」と結論づけた。

 

さらに「子どもの教育に、時間やお金をかけるとしたらいつがいいのか」という疑問に対し、「年齢が上がるにつれ収益率は減り、幼児教育にお金を掛けるのが最も収益率が高い」という結果を示した。加えて幼児教育で最も大事なのはIQや学力といった認知能力ではなく、忍耐力や社会性、意欲性、自制心などの気質や性格的な非認知能力が将来の年収、学歴、労働市場における成果に大きく影響するという。

 

ここでまた例を挙げている。高校に通わずに一般教育修了検定に合格した生徒と、高校を卒業した生徒を比較すると、年収や就職率が低いのは一般教育修了検定に合格した生徒だという。これはもし認知能力のみが重要なのだとすれば、同程度の学力を持つ両者に大きな差がつくのはおかしい。どんなに勉強ができても、自己管理ができず、やる気がなくて、まじめさに欠け、コミュニケーション能力が低い人が社会で活躍できるはずがない。社会の外にでたら学力以外の能力が圧倒的に大切だというのは、多くの人が実感しているはずと主張する。

 

この記述は大学を中退した私にとって、非常に心が折れる主張であると同時に、納得のいく主張だった。私は社会に出るには根本の部分として「精神力が重要」と痛感し、そう主張してきた。その精神力というのはまさに非認知能力である。

 

私個人としては2歳から幼児教育施設がある幼稚園に入り、劇やマーチングに和太鼓、英語、当時としては珍しいパソコン教室、そして個人的にピアノを習うなど、幼児教育には力を入れられた。認知能力はあがり、小学校低学年までは勉強せずとも授業を聞くだけで点数が取れた。実際に当時の通知表にも小児ぜんそくを患い、休みがちだった私が10分程度の勉強によって、漢字テストの9割を取った能力は驚かされますと書かれていた。先生や親は「頭いいね」とか「才能がある」と言って私は育ったのである。一方で非認知能力はあがらなかったように思う。父母から無理矢理引き離される幼稚園に泣きわめいてずる休みをしようとしたし、幼児教室の言語発表会(2、3歳)でセリフを間違えるとほっぺを叩かれた。和太鼓の練習でも厳しい教育が行われ、私は幼稚園に行くのが怖くてしょうがなかったのである。

 

そして、本書では私が歩んできた道を否定している。まず幼児教育における認知能力の優位性は短期的なもので、8歳までしか効果がないこと。「頭良いね」と「頑張ったね」とどちらの褒め方が良いかという問いには「子どものもともとの能力のよさをほめると、子どもたちは意欲を失い、成績が低下する」というのだ。確かに能力や才能だけを褒められると、努力しても意味がないとどこかで思っていたのかもしれないし、そのせっかく褒めて認められた才能を失いたくないという心理が働いたのかもしれない。今ある能力は全て努力の積み重ねだという教育を受けていれば、考え方や行動も変わったかもしれない。努力や挑戦する力を削がれる「褒め方」は危険だと警鐘をならしている。

 

まだまだ私は否定される。しつけを受けた人は年収が高いという章では、「子どものころに夏休みの宿題を休みの終わりの方にやった人ほど、喫煙、ギャンブル、飲酒の習慣を持ち、借金もあって、太っている可能性がたかい。自制心のない子どもは大人になってからもいろいろなことを先延ばしにし、禁煙もできず、貯蓄もできず、ダイエットもできない」とした。

 

極めつけは「『あなたはやればできるのよ』などといって、むやみやたらに子どもをほめると、実力の伴わないナルシストを育てることになりかねません。とくに子どもの成績がよくないときはなおさらです」とピシャリ。

 

私にとって辛辣な言葉が随所に書かれていた。しかし、現在の私の状況を見事に正確に指摘しているのだ。私は涙が出そうになりながらも、自らの実体験を思い起こしながら、「納得」せざるをえなかった。本書が否定する主観的なもので納得してしまったが、こればかりは仕方ない。私個人としては、とても残酷なデータが示されたが、本書は教育に関わる人間だけでなく、これから子どもを作ろうとする人、今まさに教育を受けている人間など多くの方々に見て頂きたい。

 

「教育」が個人の形成に、どれほど影響があるか。親になる前に我々は知っておかなければならない。


  

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