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自説|中学・高校を卒業する人たちへ

卒業式シーズンが幕を開け、今日も取材で高校の卒業式に行く機会があった。思い起こせば私も5年前に学び舎から巣立った。大学に進学して、会社員になるという一般的な生活を思い描いて高校を卒業したが、それからの人生は「波瀾万丈」と言えば仰仰しいが、普通の生き方ではないことは確かだ。

 

周囲や家族による支えがあってこそ、今私は生きていられる。23歳で自立出来ていない現状は恥であり、親不孝なことかもしれない。しかし、こうした悲観的な評価になってしまうのは“世間一般的なもの”と比較した時の話である。

 

私は一時期働いていたとはいえ、長い期間ニートとして過ごしてきた。人との交流を極力避け、家にこもりっきりの生活を送っていた。そんな昔の自分と現在を比較した時、私は今の自分に大きな成長と現状打破した感覚を覚える。比較するのは世間や一般的な心像ではない。飽く迄も昔の自分である。

 

昔の自分と比較した時に、成長していればそれでいいではないか。それが積み重なりさえすれば、いつの間にか人よりも抜きん出ていることもあるかもしれない。人生を語るにはまだまだ人生経験が足りないが、どんな人間であっても、今が順風満帆の人生でも、いつ転がり落ちるか分からないのだ。いつ何が起こってもおかしくない、否、何かが起こるのが人生だ。

 

そんな時、社会や周囲からの評価や、他人と比較してしまい、どうしても卑下してしまう。自ら成長する芽を摘み取ってしまうことに繋がるのだ。他人の視線や評価を無視していいのだ。さもなければ、成長スピードは間違いなく落ちる。恥を恐れ、挑戦する意欲が失われるからだ。

 

私たち人間はどうしても他人と自分と比較し続ける。しかし、他人よりずっと劣っていたとしても、過去の自分を超えることは必ず出来るのだ。そして、出来れば他人を評価する時に、一般的より劣っていることを指摘するのではなく、本人が成長した部分を褒めるように心がけてほしい。それが人間を成長させやすい環境を整えることに繋がる。他人に意識していれば、自分にもそういう意識が定着し自己肯定感が高まる。

 

どれだけ落ちこぼれようと、どれだけ自信を失ってしまったとしても、過去の自分をちょっとずつ超えていけばいい。世間や他人と比較したら「負け」だ。不格好な人生でも、ひとつひとつ自分を乗りこえて生きてもらいたい。

 


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