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不登校は学校以外の場所で、不足分を補えばよい

(写真:木造の教室と黒板=フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com))

 

文部科学省が10月26日に公表した調査結果(速報値)によると、平成28年度の小中学校の不登校児童生徒数はおよそ13万4300人、高校の不登校生徒数はおよそ4万8500人だという。高校の中退者は4万7600人で、学校から報告があった自殺した児童生徒数は244人に上る。

 

15〜39歳までを対象とした内閣府のひきこもり実態調査でも、全国でおよそ54万1000人のひきこもりがいるとされている。対象年齢が若年層に絞られているので、40歳以上を含めるとさらに増加する。これだけ多くの人間が社会と繋がりを断つ状態に陥っているのは社会として異常だと多くの人が気づくべきだ。

 

斯く言う私も引きこもりで、不登校経験者だ。苦しんでいる人を見た時や、自殺関連のニュースを見た時に多くの人が「逃げてもいい」と言うが、実際に逃げてみるとその先にあるのは断崖絶壁だ。逃げたあとのフォローはほとんどないのが現状で、内閣府の調査でも引きこもりが長期化していると報告されている。たった一度でも挫折し、逃げ出してしまえば、元に戻るのには相当な体力、気力を必要とする。

 

私のように20歳を超えて引きこもってしまった場合や、空白期間(ニート)があると就職活動は困難を極める。そもそも書類審査になかなか通過せず、なんとか書類審査に通過しても面接でも厳しく突っ込まれる。ようやく引きこもりから脱出できそうなところまで心が回復してきたが、大きな受難が待ち構えているのだ。

 

私自身は引きこもりによって、自分の心としっかり向き合う十分な時間があったからこそ、なんとかここまで回復したと思っている。しかし、就職活動の困難さを経験したことから考えれば、出来れば20歳になる前から社会と繋がりを持つまでに回復したいところだ。

 

そうは言っても不登校になってしまうと、社会と繋がりを持つのはかなり難しい。何故なら学生にとって学校というごく限られた狭い範囲だけが、「社会のすべて」にみえてしまうからだ。何らかの理由で社会からはじき出されると、やはり家にしか居場所はない。そこからどうやって社会復帰をすればいいのか。答えは誰も教えてくれないのだ。

 

不足分をどうやって補うのかを考えるべき

 

どうしても学校に行けない場合、学校に行くことは早々と諦めるべきだ。家庭に経済的な余裕がある場合は環境を変えたりすることが出来るだろうが、そうでない場合に無理矢理行くという荒療治は成功する場合もあるが、失敗すると大変危険なリスクも伴う。それよりは冷静に不登校によって失われたものを、他の場所で補うことはできないかを考えた方が良い。

 

学校生活を送れないことで失われるものは何か。それは大きく二つに分けて「学力の証明」、「コミュニケーション能力」である。会社の就職でもこの二つは往々に求められるので、最低限この二つを補う必要がある。

 

学力に関しては、不登校であろうと非不登校であろうと勉強するしかない。近年は福岡県の公立高校の社会科教諭山崎圭一さん(通称・ムンディ先生)のように「ユーチューブ」で授業を無料公開したり、インターネットを使った授業サービスが広く展開されている。パソコンやスマホでは集中力が削がれるという問題点があるものの、これらを上手く有効活用すればある程度の学力は確保することも可能ではないか。引きこもっている時はどうしても何もやる気に起きないことが多いので、家族の誰かがしっかりとサポートしたり、勉強する環境を作ってあげることが必要だ。最終的に高卒認定試験や、大学などに合格すれば良い。

 

問題は「コミュニケーション」だ。不登校になったり社会から外れると、なんてことないただの人や、人柄のよさそうな人間ですら会いたくなくなる。「何してるの?」と聞かれ、「ニートです」「不登校です」と言わなければならない辛さがあるからだ。たったそれだけでもかなりのストレスを感じるものである。側から見て何もやる気がないと見られるのは、こうした普通の日常的な行動や会話でさえも精神的な負担が大きくなるからだ。

 

それでも社会と繋がってコミュニケーション能力を育まなければ、「コミュニケーション能力に問題あり」とされて行き詰まる。「学校なんて行かなくてもコミュニケーション能力は補えるじゃん」という不登校者自身の開き直りも必要になってくるが、学校以外の場所(団体やグループ)に参加するなどして、自分の居場所を作ればコミュニケーション能力はアピールできる。学校と違って強制感がなく、自ら選べることも良いところだ。ボランティア団体でも、漫画研究でも、スポーツチームでも、ボーイスカウトでも、大人たちと一緒に何かをする団体でも良い。新しい居場所作りが将来アピールポイントになるし、自分を救ってくれる場になるのだ。

 

大人たちは新しい居場所作りの邪魔をするな

 

これは子ども自身のやる気の問題だけでは片付けられない。周囲にいる「まともな」大人たちが彼らを引きこもらせる面があるからだ。どうしても大人たちは「学校に戻さないと」と思って、不登校者にお説教をしてしまいがちだ。「将来どうするんだ」とか「学校にいくことは大事だ」など。しかし、彼らはそんなことは分かっている。それでも、そこに居場所がないからはみ出してしまったのだ。いくら学校の大事さを説いたとしても、居場所がない限り戻ろうなんて思えない。

 

いざ他の場所で居場所を作ろうと思っても、大人たちから学校に戻れと言われてしまえば、結局引きこもるという選択肢しかなくなってしまう。「学校なんて行かなくても、ここでしっかりと活動すればいいんだよ」と言ってくれる場所があれば、活動的になれる居場所が確保できるのに。

 

活動的になれる居場所があって、はじめて前向きに将来のことについて考え始めることができる。「不登校でもほかのところでしっかり補えば問題ない」という考えが一般的に広がらなければ、引きこもり脱出や社会復帰の道は困難を極めるだろう。安易なお説教が居場所を失わせていることは大変罪深いことだ。

 

不登校者も、その周囲の大人たちも不登校で悩んでいるなら発想を転換するべきだ。学校がすべてではない。学校に行けないのなら、別のところで補えばいい。1つの場所に囚われる必要はない。社会としても学校以外の第二の居場所作りを積極的に進めていくべきだ。

 

そして、大人たちがしっかりと不登校の生徒たちが新しい居場所で活動したことを評価することも重要だ。不登校といったって「いじめ」に合わなければ、別の環境で「普通に暮らせていた」生徒もいる。逆にいま不登校ではない人間も、別の学校に行けば不登校になるかもしれない。環境や運次第で人間は大きく変わるのだから、不登校だけでマイナス評価をつけるべきではない。

 

根本的な問題として、これだけ多くの人間が社会を避ける現状を見れば引きこもり当事者だけでなく、まともな人間も何か変わらなければいけないのではないか。私も好きで引きこもりになったわけではない。中学生のころは自分がニートや引きこもりになるわけないと本気で思っていた。しかし、人生何が起こるか分からない。まともな人生を送っているあなた自身がいつその沼にはまるか分からない。その前にしっかりこの引きこもりや不登校などの現状、そこからの改善策を一緒になって考えていくべきだ。他人事と思っていれば、それがいつか自分の首をしめることになりかねないのだから。その他人事という意識がさまざまな社会問題、別の同じ日本人を苦しめている。


  

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