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自説|人生80年計画を立てるべし 失敗の連続こそ人生だ

 ニートになったことについて、あれこれ言われ、自らもあれこれ思う。ただ、私の人生において、ニートになった時間は必要だった。そこだけは間違いないことだ。もちろん履歴書に傷がつき、大学卒業の資格を得られなかったことで就職活動に大きな支障がでたことは、人生のなかで大きなデメリットで負の遺産だ。20代前半までに定職につき、自立し、定年になるまで働き続けることが「有能な人間」だとすれば、私は明らかに「無能な人間」だと言えるだろう。

 

 ただ、「20代前半までに定職につくこと」を人生のうちの最初のゴールだとすると、当然そこにたどり着くまでに時間が掛かる人間と、早くゴールにたどり着く人間が存在する。私は前者だった。人間には抱えている問題がそれぞれ違うのだから、解決しなくてはいけない問題が山積みの人間と、それほど解決する問題がなくスムーズに走れる人間がいるのは当然だ。マラソンのスタートラインで体に何十キロの重りを巻いて走らなければならない人間と、軽量なランニングウェアを着ているだけの人間といろんな人間が並んでいるのだ。そこを無視して、無理矢理若者たちを同質化させ、タイムアタックで有能・無能に振り分けるシステムはなかなか残酷なものである。「早く早く」と尻を叩いてくる存在があれば、問題解決する暇もなく中途半端に「問題」という重りを体に残したまま、無理矢理トップ集団まで追いつけと言われる。その人間がゴールをあきらめるのも無理はない。

 

 私自身、小学生や中学生時代は「絶対ニートとか無職な人間にはならへん」と思っていた。はっきり言って、無職やニートという人間に対して「見下す」感情を抱いていた。多くの人が私の小学生時代と同じ認識を持っているだろう。しかし、それは人間全員を同じ性質とみなして、一人一人の事情を考慮していない証拠なのだ。

 

 もしも、順調に大学を卒業して、会社に就職していたとすれば、私はこのことに気づかないまま、それぞれの事情も聞こうとせずに、ただ「見下す人間」のままでいたにちがいない。順調な人生だからこそさらに拍車が掛かっていたかもしれない。

 

 主体的に考えられるようになったのも、ニートになってからである。これまでは社会の価値観に、自分の価値観を合わせただけの人間だった。何も考えていない証拠である。しかし、ニートになって以降、ようやく自分自身を築きあげられるようになった。社会の価値観だけでは生きられなくなったからかもしれない。主体的に考えることは、本来学生時代に培われなければならなかったが20代前半でようやく考えられるようになったのである。

 

 そのことだけでも、私にはニートになる必要があった。社会では大きく評価が異なるだろうが、私の人生において大事な出来事だったのだ。そこは今後誰かに否定されても変わることはない。ずいぶん遠回りしたが、人と違う景色を見ることは、とても大きな意味を持つように思う。「無駄だ」と思われていることでも、案外無駄ではなかったりするものだ。

 

 人生はタイムアタックだ。時間内にゴールできなかった私は社会不適合者という名の「無能なマラソンランナー」ということになるが、私の状況や環境のなかでゆっくりでもゴールに近づければそれで良い。すべてにおいて、年齢にこだわることにそこまで有意性があるように思えない。それで生きられなくなる社会ならば、私と社会が合わなかったというだけだ。

 

 人生80年。社会の価値観を基準に生きる人生もあれば、自分を基準にじっくり高めていく人生もある。まだまだ改善しなければならないところもたくさんある欠陥人間であるが、まずは受け入れて、長い期間をかけて気付いていけばそれで良いのだ。たとえ現在、「不登校」であっても、「ニート」であっても、それは無意味な時間ではない。自分自身に足りないものが何かを気づくために与えられた期間なのだ。そこを無意味に過ごすか、じっくり向き合って過ごすか。それによって大きく変わるだろう。

 

 一見、意味のないことを、意味あるものにする。それは自分次第であり、それこそ「人生の醍醐味」である。社会的にベストな判断であるか、自分的にベストな判断であるかは、別問題であることを覚えておいたほうがいい。


  

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