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自説|「キモい」と発言する人が嫌いな理由

人間、誰もがみな苦手な人物は存在する。私とて例外ではない。私が昔から嫌いな人間はすぐに「キモい」と言葉を出す者だ。しかし、残念なことに「キモい」という言葉は私たちの世代や、その下の世代でも蔓延しており「キモ」という言葉をよく聞く。こう言った言葉が散見される某大手掲示板の利用者の多くは30代から40代以上の男性というデータもあり、年上の人間でも頻繁に使用していると推測される。

 

確かに気持ち悪いという感情は人間として自然なことであり、どうしようもないことだ。私自身も「気持ち悪い」と思うことはあるし、その自然に湧いて出てくる感情を否定するわけでは決してない。では何が嫌いなのかというと、真っ先に「キモい」と口に出すということは、まず相手の事情を考えようとしない姿勢がそこに現れていることにある。

 

誰にも言えない事情というのは、どんな人間も持っている。コンプレックスであったり、マイノリティーであったり、社会から外れたものであったりする。それは本人が悪いのかと言うと決してそうではないだろう。遺伝的なもの、自然的に湧き出てくる感情なもの、過度なストレスによる環境によって生み出されるもの。これらはコントロールしようとして、できるものではない。コントロールできないものに対して「キモい」と言っても、本人はどうしようもできず存在そのものを否定されたと感じるだけだ。それに加え、解決策も提示しない人間ばかりだが、それはただイタズラに相手を傷つける無責任な行為にほかならない。

 

それにも関わらず、真っ先に「キモい」という言葉を浴びせる人間は、想像力の欠如が甚だしいと感じてしまうのが私の本音だ。知人からカミングアウトされる機会がこれまでに何度かあったが、その言葉だけは私は絶対使わないと心に決めていた。実際に私にカミングアウトしたことで、私からキモいと言われた人間は誰ひとりとしていないはずである。

 

全てを受け入れろというわけではない。自分と合わなければ、離れる自由も当然ある。ただ、相手の事情を考慮する時間を設けることもなく、無責任に解決策も提示せず、存在否定をする行為はすべきではない。そこまで考えた上で、自分から離れるか、受け入れるかという選択をするべきなのだ。

 

どうしても相手に伝えたいなら「私にはその気持ちは理解できないけど」と言い換えれば、まだ相手には議論の余地が残される。それも良しとしない「キモい」と一刀両断で斬り捨ててしまう言葉は、私は今後も使いたくないのだ。


  

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