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自説|ニートはもっと“自慢すべき”だ

「大賢は愚なるが如し」「実るほど、頭をたれる稲穂かな」ということわざがある。いずれも賢者は謙虚であるということを示し、スタンダードな日本人が好みそうなことわざだ。実際に「自慢」をする人間は忌み嫌われる。だから我々日本人は謙遜してるように見せかけて、自慢するという術を利用しなければならず、その手法もまた嫌われるという悪循環に陥る羽目になる。

 

しかし、個人は自慢や自己アピールをもっとすべきだと思うし、自慢された側も受け入れる度量を持つ必要がある。実際に何度も自慢をされたことがあるが、自慢をされなければ知り得なかった事実もたくさんあった。自ら作り上げたイメージで勝手に人物に評価を下して、身勝手な対応してしまう人間が多い社会だ。嘘は論外だが、事実に基づく評価を受けたり、自らの実績を作り上げたのなら、堂々とアピールするほうがよい。

 

そもそも「謙遜する人間こそ出来た人間」だと言うならば、私は作り上げられたものを見て判断すると言っているようなものである。その上で確かなものである実績や評価の価値をなしにしたり、認めようとしない。それならばお互いに自らアピールしあって、お互いの実績や評価を称え合うほうが遥かに健全ではないか。

 

さらに言えば、ニートや自分に自信が無い人間に関しては普通の人間よりも、もっと自慢ないし、自己アピールすべきだ。冒頭に述べたことわざの優秀な人間は、みんな謙虚なのかと言えばそうではない。私の見解で言えば、優秀で積み上げた誰の目にも見える実績があったり、何もせずとも認められるものがあるから謙虚でいられるに過ぎないのだ。言葉を言い換えれば、「余裕がある」それだけだ。

 

就職の面接試験でも、個人と接する場面でも、いかに「相手に興味を持ってもらえるか」が大きなカギになってくる。興味を持ってもらえる人間であればあるほど、当然チャンスも多くなる。誰の目にも見える実績があるものと比べて、アピール力に劣るニートや自信のない人間が興味を持ってもらうには、よりアピールしなければいけない。そこで謙虚さという“模範的人間”に徹していると、自分自身を追い詰めることになるし、相手もそこをすかさず問いつめてくる。

 

最大限の自己アピールによって、相手が最初に持っていた「最底辺イメージ」をぶち壊し、興味を持ってもらえるだけでも、あなたに対する詰問は緩くなり、自分のペースに持って行ける。ニートからの脱却を目指すのならば、興味を持ってもらえるようにあえて「ニート」を武器にするのも賢い選択かもしれない。

 

あとは、ニートという最低のイメージをぶち壊すために、新たな武器を持たなければならないのだが、自己アピールするための武器はいつでも持つことが出来る。現代ではありがたいことにネットを使った社会的活動をすることも可能だ。ニートになった経緯そのものを問いつめられれば、どんな答えを持ってしてもそれは「甘え」という結論に至り、弁明する余地もない。質問してくる人間だって、それを分かってて質問してくる。その状況ならば「ニートだけど何をするか」、「何が出来るか」という面でアピールしていくしかないのだ。

 

その時にネットでの社会活動はあなたにとって、強力な武器になる。私で言えば文章を書くこと、写真を撮れること、ウェブサイト作成の基礎的なノウハウ、もしウェブサイトをも見てもらえれば自らの考えを面接や書類審査以外でも把握してもらえること、その分他のライバル求職者より自分のことを考えてもらえる時間が長くなることなど、十二分なメリットが考えられる。これからウェブサイトを作れる若者が増えてきたら、自分のアピールポイントが掲載されているウェブサイトを採用担当者に提出する“ウェブサイト就活時代”が来るかもしれない。

 

自己アピールや自慢することに抵抗感を持たないためにも、普段から自己アピールしていたほうが良い。特に自らの自信を剥ぎ取られているニートの人間は、ニートを逆手に武器にしてでもだ。


  

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