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自説|恋愛は人をおかしくさせる

人生の幸せを論じる時に避けては通れないのが「恋愛」だ。私はこれまで数々の恋愛に敗れ去ってきた憐れな男であるが、恋愛そのものを否定してきたことはなかった。誰かを好きになることは、人間の自然な感情であるし、やはり好きな人と過ごす時間は何よりも変えられない幸せな時間だと痛感してきたからである。ただ彼氏・彼女がいることを自分のアクセサリーかのような恋愛については論外とさせてもらう。

 

しかし、ひとつだけ恋愛に関して否定的な見方をしている。それは題名通り人をおかしくさせてしまうからだ。これは私特有かもしれないから、一概にそうと決めつけることはできない。私の経験上における完全な主観的な意見だということは予めに申し上げておく。

 

何が人をおかしくさせてしまうかと言うと“よく思われたい”と“自分のものにしたい”と思ってしまう感情である。友人だと自分と合わなければ縁を切ることも選択肢に入るのだが、“好き”という感情が入るだけで、友人との関係において出来ていた冷静な判断が途端に出来なくなるのだ。

 

デートでは少しでもオシャレをして、普段見た目に気をつかっていない自分を後悔する。自分があまり好きなものでなくても、相手の好みに合わせたデートプランを考える。少しでも寛大な姿勢を見せたがる。自分の長所をいつも以上にアピールする。会話していると普段以上にテンションがあがってしまうなど、普段の自分とは大きくかけ離れた自分を造り上げてしまう恋愛感情はやはり異常なのである。

 

そして本来、人は誰のものでもない。その原理原則に立てば、浮気や不倫行為が糾弾されることはないはずだ。しかし、自然な感情論で言えば、やはり不倫や浮気は裏切り行為だと感じてしまう。その自然な感情もまた恋愛の恐ろしさである。

 

恋愛感情を持つと不思議と感情的になり、人の冷静さを失わせる要素がある。客観的に見れば「おかしい」と思うことであっても、きっと大丈夫と希望的観測が上回り、後から誤った判断だったと後悔する。本当に恋愛というのはおそろしさすら感じる。

 

私はこう見えても普通に恋愛をしたいと願う、普通の20代の青年だ。しかし、今後の人生では恋愛感情が「生きる」ためには邪魔になってしまうだろう。容姿の著しい劣化と自身の経歴、性格を鑑みて普通の恋愛が出来なくなってしまうと予見できるからだ。ずっとこの先、恋愛をしたいと思っていると、自分の中で理想と現実のギャップに苦しむことになる。その苦しみもまた恋愛感情によって引き起こされる異常なものなのかもしれない。私は恋愛感情というものをどうにか排除したいと願ってやまないのである。その裏返しはどこかで普通の恋愛をしたいと強く願っているに違いないのだが。

 

人によって恋愛観はそれぞれであるだろうが、私は誰が誰を好きになったとしてもそれは感情だから仕方ないと考えるタイプだ。他人がとやかく言うべきではないと思うし、本人等がそれで良ければ良い。だが、常に客観的に自分の行動が正しいかは意識的に見ておく必要はある。それが抑えられないのも人間味ある恋愛要素なのかもしれないが、冷静さを失うと自分がしている行為の正誤・善し悪しすらも分からなくなってしまうからだ。

 

恋愛している真っ最中の人々は、客観的に見つめ直してみよう。


  

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