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自説|くだらないコンプレックスが人を破滅に追い込む

私の最大の欠点は、何を言おう人からの視線・評価を気にしすぎてしまうことにある。そうすると私自身の行動力が制限され、自ら自分の首を絞めてしまうのである。やりたいことがあろうとも、行動力が伴わなければなんの意味も成さない。いつだって不幸と感じるのは他人との比較、他人からの評価、他人からの視線なのだ。それを跳ね退ける力がなければ、私は沈みゆく船と共にただ沈んでいくだけなのである。

 

今私が抱え込んでいるコンプレックスを克服するかしないかは、これから先の人生への分かれ道になるだろう。ここで他者の視線を気にせず生きて行けるようになれば、行動力が広がり、余計な悩む時間を別の有益な時間に移すことができる。しかし、反対にコンプレックスを克服できなければ、いつまでも人の視線を気にし続け、私が再び社会へ浮上することはない。いかに他人の視線を気にせず、合理的な判断が出来るかという問いかけは人生論という壮大なテーマの中で、最も根幹を成す部分であるだろう。

 

そこには強い自らの信念、哲学、忍耐力を持っていなければ成り立たないであろうし、私を笑う人間達がいれば、その人間を見下し、敵対するか、気にしないほどの集中力を持たなければならない。そこに優しさや、和を尊ぶ精神といった隙間風が入り込むと、途端に私自身は崩れ落ちることになる。敵対すべきときは、敵対すべきなのだ。時には友人関係を切り捨ててでも、自分自身を守るべきである。

 

残念ながら、いつもどこでも私自身を笑う人間が存在する。個人的にここ数ヶ月もの間、外で社会活動を行えたことは私なりに頑張った成果だ。今までコンプレックスによって非合理的な判断ばかりをしてきたが、ようやく行動を起こせるまでに至った。もし私自身のコンプレックスが無ければ違った人生を送っていたであろうとよく思ってしまうが、それはナンセンスな問い掛けである。コンプレックスも克服出来ない精神力ならば、いずれにせよ行き詰まってしまうのは目に見えているからだ。

 

これは私自身が成功者になるか、敗者になるかの第一段階の試練なのである。ここでいう成功者とは爆発的に富を産み出す人間のことではない。幸せな人生を歩んでいけるかという意味での成功者である。何度もいうが、他人の視線や評価に負けず、どこまで自らにとっての合理的な判断・行動を行えるかが人生最大の課題と言っても差し支えないだろう。

 

私は人には自分が自分らしくいることが出来ればそれで良いと思っている。それが第三者から見て奇行に見えたとしても、それを気にせず生きて行けることがひとつの大きな目標であり、私の人生の幸福化に繋がるに違いない。そして、それが他人を思いやれることに繋がっていくのだ。きちんとバックボーンを持ちながら、自らの信念に従って生きている人間がこの世にどれほどいるのだろうか。


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