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自説|コラムを書き続けて学ぶ 「人に流されず、自分を持ちなさい」

コラム記事を書けないという人が意外と多いと感じる。内容の善し悪しは置いといて、コラムは自分が持つ意見を書くだけであり、そこまで難しいことではない。書けない理由には大きく3つの理由があり、1つはそもそも「意見を持ちあわせていない」こと、もう1つは「意見を第3者に見てもらう自信がない」こと、最後に「自分の意見を文章化することができない」といった理由が挙げられる。

 

文章化するのが苦手ならば、コラムに限らず別の表現方法を模索した方が良いだろうが、他2つが理由だとしたらコラムを書いてみることをおすすめしたい。曲がりなりにも拙いコラムをこのサイトで書き続けた私からすると、コラムを書くことで得られる多大なメリットがあるからだ。

 

自分の考えを改めて整理できる

 

文章化して第三者に自分の意見を見てもらうには、まず「自分は何を伝えたいのか」を明確にしなければならない。その作業をしていくうちに、抽象的だった自らの考えが「あれ?自分ってこんな考えを持っていたんだ」、「今まで考えていたことと真逆の価値観が生まれた」など思ってもみない結果を産み出すことがある。

 

さらに何を理解していて、何を分かっていないのかが明確になる。頭の中にしかなかった考えを文章化する過程で、自分の意見を整理・深化させることができる。普通に過ごしている人よりも考えたり、調べたりする時間が長いので、自分の考えに自信を持つことにも繋がりやすい。

 

常に何かに関心を持つことによって、様々な分野の問題点を考えることができる。整理している段階で、調べていると新たな関心事を発見することもあり、そのループが長くコラムを書き続けられる理由になる。いろんなことに関心を持ち、調べ、公表し、反応が返ってくるほど面白いことはないのである。

 

他人から受ける評価より、いかに自分の意見が持てるかが大事

 

私が1番のメリットだと感じるのは「恥をかける」ことだ。多くの人にとってはデメリットであり、コラムを書くことに抵抗がある理由ナンバーワンかもしれない。しかし、他人から受ける評価ははっきり言ってころころと変わっていく可変的なもの。他人から受ける評価に価値観を置いてしまうと、極めて“いい加減”なものに私たちはずっと右往左往させられてしまう。まずは自分の意見をしっかりと持つことが大事なのだ。コラムはその意識を芽生させる良い練習になる。

 

意見を書いていると当然他人から馬鹿にされることもあったり、結果的に間違いだった考えを公表することで赤っ恥をかいてしまうこともある。しかし、それを恥だと思わないことがコラムを書く上で重要だ。自らの意見をきちんと持ち、それを公に発表し、間違っていたら素直に改める。この一連の流れが“成長”に繋がり、他人からの評価に右往左往されない自分を作り上げる。

 

多くの人は他人からの評価に怯え、自らが持つ本来の意見を軽視する傾向がある。すると普遍的な価値観が“最も優れたもの”になり、創造性や個性が失われてしまう。ましてや自己愛や自己肯定感も失われ、普遍的な価値観から外れた自分はダメ人間だと感じるようになる。しかし、普遍的な価値観からの脱却こそが国にとっても、ビジネスの面でも、パーソナルな分野でも成長するための重要な要素なのだ。誰しもが同じ価値観を共有していると、新たな価値観を産み出すことが出来ない。それは何も考えずに済むことと同義であり、そうなればこの国は世界から取り残されるだろう。

 

人とは違う価値観を抱くことは問題提起になるため、自信がなくてもどんどん発表していけばいい。70億人もの人間がいるのだから、70億人のそれぞれの面白い考えがあっていい。コラムはその面白い考えを見る貴重な機会だ。もっと臆することなくコラム記事を書く人が増えてほしい。

 

【次のページ】 コラム記事が自らの実績になる

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