好きなことを好きなだけ表現する

個人ニュース、コラム、写真などコンテンツ豊富なオピニオンサイト

自説|自分の意見や考えは言わない方が得する社会

 

ウェブサイトやTwitterなどで発信を始めてから、早3年が経過する。始めたばかりの頃と比べ、レイアウト・コンテンツ共に大きく充実した。記事の内容も、以前は日記要素が強かったが、次第に自分の意見を臆することなく発表するオピニオンサイト化させた。従来の日記要素は、日々の内容を新聞記事・ニュース風に配信する「衣田ニュース」として残し、オリジナリティな要素を付加させた。ニュース風にしたのは、オピニオンサイトとしての雰囲気を損ねないようにという措置だったが、今では本サイトの“基幹コンテンツ”である。昨年9月の開設以来閲覧者数は微増し、直近3ヶ月間のPV数は3300を超えた。弱小サイトの域からはまだ抜け出せないものの、成長している実感は受ける。

 

自らの意見を臆することなく発表することは、“常識の型”にはめ込まれている私たちに新たな気づき・考える場を提供することになる。同じ意見や考えを多くの人間で共有することは、争いもなく一見平和で、心地良い社会かもしれないが、一切成長がない。高度な相互批判を繰り返すことで、人々は成長し、文明社会が切り開かれていったのだ。そういう意味で、思想信条の自由で生まれて来た以上、自らの意見を躊躇なく発信する論客やオピニオンリーダーという存在が大事だと私は考えている。

 

今後はそういった論客・オピニオンリーダーになりたい人を探し出し、政治思想も、いま置かれている立場も関係なく、その人の立場からさまざまな意見を掲載するサイトにしていきたい。私が発表した政治思想とは真逆の政治思想を発表する人がいると、むしろ面白いサイトになる。ネットで氾濫する掲示板と違い、サイト内では論理的な反論に終始し、誹謗・中傷・名誉毀損などの個人攻撃が行われないクリアな言論空間にしていきたい。

文明の発達によって多くの人が容易に発信できるようになり、私自身もその恩恵を発信を行うことができている。その一方で、ネット上では批判や中傷が殺到する「炎上」が毎日のように起こり、発信することを萎縮するネットユーザーも少なくない。こうした発信することによるマイナス面ももちろん存在する。

 

私自身が最も感じたマイナス面は「友人が大きく減ったこと」である。躊躇なく書き記したことによって、政治的思想が合わないとか、意見を述べることが「生意気」に見えたのかもしれない。頻繁に連絡を取り合う人が発信をはじめてから両手で数えるほどまで減ったのは偶然ではないだろう。

 

意見を心の奥底にしまっていた当時は友人関係も円滑で、人間関係で人と争ったりすることは皆無に近かった。それがどうだろうか、意見を述べ始めると人が私の周囲から途端に消えていったのだ。私の思想信条が常識とはかけ離れたものであることも要因だろうが、「み〜んな一緒」な社会が本当に良いのだろうか。人間関係で争うことはなかったが、どこか窮屈さを感じていた私は「自分の意見を臆することなく言える環境になった」とポジティブに考えることもできる。いま私と絡んでくれる諸友人方は、異なる意見を受容出来る了見の広い方々が集まっているか、そもそもこのサイトを見ていないかのどちらかだろう。

 

好きなことを好きなだけ表現できるサイトを目指し、「自分の意見は言わない方が得だよね」という環境をなんとかしたい。冒頭でも述べたが、常識とは異なる意見を勇気を出して発表する論客・オピニオンリーダーは国の発展・人間の成長には不可欠な要素だ。自分の意見をしっかりと持っているのに、発表しない・する場所が無い人が世の中に溢れているはずだ。とてももったいない。どんな人間でも論客になれるこの国の良さを享受し、うまく活用出来る土壌を作るほかない。

 


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