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自説|自らのコンプレックスに打ち勝つ方法

誰もが持っていると言われる“コンプレックス”。誰もがと言っても、神様は平等ではなく、人によって深刻なコンプレックスを持つ者もいれば、周りは大して気にしていないような自分だけが気にしているコンプレックスを持つ者もいる。程度によって大きな差があるのは誰もが認めるところだろう。その不平等さを嘆いても、周囲から“妬み”として捉えられるが故に、愚痴を吐く機会すらない。

 

それでも人生生きていくには、コンプレックスを克服し、自己肯定感を高める必要がある。ああ、なんと残酷な世界だろうか。弱音を吐けば疎まれ、コンプレックスを笑いに変えるなどして、否応なく克服しなければいけないなんて。精神面が強い者のみで形成されている社会であればそれでもいいかもしれないが、精神面が弱い人間も含めてこの社会は形成されている。常人から貰うアドバイスは基本的に自分には関係のない「御愁傷様」と言わんばかりのものか、若しくは強者用の克服方法しかない。弱い人間はどうすればいいのだ。

 

私には多くのコンプレックスが存在する。それは外出したくないほどのものであり、自己肯定感が高かった昔と比べると天と地ほどの差がある。年を経るにつれ、私は自分のことが嫌いになっている。引きこもっている私はますます社会的地位を失って、さらに自分のことが嫌いになり、自信も喪失する。なんという悪循環だろう。コンプレックススパイラルとでも言うべきか。

 

ただ、ひとつだけ光が見えた。深刻なコンプレックスを抱えているときというのは、外の世界で出会う人間すべてが敵に見え、「早く1人でゆっくりできる家に帰りたい」と思ってしまうが、案外敵ばかりではないということが分かったのだ。私の姿を見ただけでドン引きされたり、露骨な反応されるのが嫌でたまらなかったが、中には自然に振る舞ってくれる人間もいる。コンプレックスを持ちながらも、こうした社会との繋がりを持つことは自暴自棄になることを抑えられ、自分自身も社会の一員なんだということを教えてくれる。何よりもこんな自分でも受け入れてくれる人がいることを知ることが何よりも大事だ。

 

頭で考えているだけでは、自信をつけることができない。経験がいかに大切かを身を以て知ったできごとだった。それまでは「経験が大事だよ」「経験!経験」と言われ続け飽き飽きしていた言葉だったのに。私は新聞記者として働いたなかで、最も大きな収穫は外には敵ばかりではないことを知ったことである。

 

経験を持つべきと言っても、なかなかその一歩が踏み出せないという人間もいるだろう。かつての私がそうだったように。私はたまたま新聞記者の仕事がしたく、求人に応募したら採用された経緯があって外に出る機会を作る事ができた。だが、引きこもりになるほどの深刻なコンプレックスを持つ人間にとっては外出する機会すらなく、経験なんてどう積んでいいか分からない。

 

そんな人には「新たな自分を構築せよ」と進言する。今までの人間関係、環境、価値観、自分自身を捨てれるものはすべて捨て、新しい自分として生きていくことが1番だ。そこでためらってしまえば元の木阿弥でしかない。そして、今まで苦しみ、辛かった経験があなた自身に優しさを与えてくれたはずだ。人の気持ちを分かってあげられる人間になれ。その与えられた能力を人のために存分に発揮し、悩み相談を受けたり、話を聞いてあげよ。それだけであなたの生き方は大きく変わるだろう。

 

多くの人のコンプレックスは他人からの視線など“外”からくるものだ。ならば外からくるものを味方につければいいのである。さらに言えば、人にこれまで以上に優しく接することや、思いやりをもつことなど、これまで以上に自分の価値を高めるべきだ。コンプレックスを持っているからこそ、自分に新たな価値を構築しなければならない。大変なことかもしれないが、まさにそれこそが“人間的に成長”という正体なのである。

 


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