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自説|親への感謝の気持ちは強制されるものじゃない

よく「親に感謝しましょう」なんて言う文句を見かけることがあるが、あれは一体なんだろうか。私はその言葉を聞くたびに毎回疑問を抱く。そもそも“感謝しましょう”なんていう強制感溢れる感謝に、本当に親は喜びを覚えるのだろうか。

 

近年、親が子供を虐待し最悪の場合、死に至らせるという事件が相次いでいる。自ら子供を産んでおきながら、虐待するなど言語道断であり、卑劣きわまりない行為だ。子は親を選べない。自ら好きな行為をし、子供を産む意志があるないに関わらず、産んだ事実があるならば責任を持って育てることは当然だ。そう考えれば強制的に感謝しなければならないとすれば、どちらかというと「産まれてきてくれてありがとう」と親が子に対して行うのが自然ではないか。

 

非正規雇用の社員が増えて行く昨今、一昔前のように20前半で自立することは難しくなってきている。いずれは誰しもが自立していかなければいけないが、自立出来ない環境の若者は多い。子育ては20歳になるまでという概念が当たり前だったかもしれないが、現在の雇用環境ではそうもいかなくなっている。親の立場で意見が分かれるだろうが、私は子供が何歳であろうと最終的な保護の責任はやはり親にあるのだろうと思う。それほどの覚悟を持って産まなければ親として無責任である。

 

この世に産まれてきたことは、何も楽しいことばかりではない。辛いことばかりの人生かもしれない。本来は気軽に子供が欲しいからといって産むのではなく、そういったことも勘案して産むべきだ。どんな子供が産まれてきても、その子がどんな人生を送っても、死ぬまで子供を自立に導こうとしながらも、何かあった時最終的には保護しなければならない。“愛情のある保護”が出来るのは親しかいないからだ。今、私は独身で子供がいない立場なので、こんなことをいうと「親不孝者」、「自立心のかけらもない」などと批判されるかもしれない。だが、もし私がこれから先結婚して子供を産むとなった時は、その責任と覚悟を背負って子育てしなければならないと考えている。

 

そして、社会に出た時に自然と親に感謝する場面はたくさん訪れる。今まで分からなかった親の凄さというのは、自分が大人や親になると自然と湧き出てくるものだ。その感情こそ、素直な感謝の心であり、尊敬の心であり、親が最も喜ぶべきものなのではないだろうか。最大の親孝行は自分の子供に対して、「産まれてきてくれてありがとう」と感謝し、責任と愛情を持って育て、その精神を後に受け継いで行くことであると私は思う。強制的に感謝させる必要などないのだ。また「感謝しなければいけない」というものも、この世に存在しない。感謝は自然である。

 

この世に生を受けたのは私自身の意志ではなく、親の意志である。自分の意志で産まれてきた人間などいない。冒頭でも述べたように親が子供に虐待を行うなど、子供に感謝しない親が増えてきているのではないか。私はそちらのほうが大いに問題があると認識している。今後、子供を授かりたいと願う方々はちゃんと一考してもらいたい。

 


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