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自説|「楽」をすると、いつも「楽しく」ない

 

ニートである私が書くのもなんだが、いや、ニートであるからこそかもしれない。「楽」をすると、いつも「楽しく」ない。

 

もともと直感的に楽をすることが楽しくないことは感じていた。だから児童会書記になったり、部活動を3つしたりと学生時代は意外と活動的だった。同窓会の幹事を率先して行なったり、企画をして友達を集めることもよくやった。

 

もちろんそれをやると疲れて、電池がなくなりスイッチが切れることもある。それでも活動的だったのは楽しさを感じていたからだろう。文化祭だったり、運動会だったり、周りが「だるい」と言っているなかで、「本気でやったほうがおもしろいやん」と心の中で考えながら、属していたグループの方針とは離れてでも取り組んだ。

 

その一方で楽をする場面もある。大勢が集まって集団が出来上がったときだ。2人や3人、4人くらいだと集団の中で盛り上げようと頑張るが、5人くらいになると途端にスイッチが切れる。自分が喋らなくてもみんな盛り上がってるから、これで問題ないと楽をするのだ。そのくらいの人数になると、率先して会話に入っていっていたのが嘘のように一番後ろを静かに歩くのが好きになる。とても楽なのだ。楽で居心地のいいポジションをキープできる喜びがあるが、同時に楽しさはない。私は常にこの両極端なスイッチを押して切り替えをしてしまう。

 

ニートは楽だが楽しくはない。こういうと実際には苦しい部分の方が多いため、厳密にいうとまったく楽ではないのだが、社会参加するよりは楽なのは事実だ。むしろしっかり社会参加できる人たちの方がうらやましくてしょうがない。あれほどまでに活動することが好きだった自分が現状ニートでいるのは、過去の自分を振り返ると不思議でしょうがない。「楽しさ」を求めるよりも「楽」でいる環境を選び続けているのは、活動的でいると「楽しさ」ではなく「苦しさ」のほうが上回るように変化してしまったからだ。さまざまな要因が重なってバランスが崩れてしまった。きっとその苦しさを感じないほどの楽しさを持つことができれば、またニートから活動的なタイプに戻ることができるだろうと思っている。だからこそ私は無謀な夢ややりがいを追いかけることに活路を見出そうとしてしまっている。

 

どちらが良いというわけではない。実際はどちらも必要なことなのだ。ずっと楽をせずにいれば疲労してしまうし、楽なポジションをキープしつづけても何も得られず悲観的になる。絶妙な具合に調整しなければならないのだ。それが出来る人間は長いスパンで活躍できる人材だろう。どちらか一方でも欠けてしまうと、人生そのものが崩れてしまう。

 

「ニートはいいよね」なんて言われるが、良いわけがない。もちろん嫌味で言われているのだが「ニートはいいよね」と言う側も、言われる側もバランスが崩れているのだ。どちらも何らかの理由で、片方を失ってしまっている。ニートの場合、だったらなんで「楽しいこと(活動的なこと)をしないの?」ということになるが、何らかの理由で活動的=楽しいことから苦しいことに変化しているためにバランスが崩れているのである。正常な状態では「活動的なこと=楽しい,やりがい」という認識のもとで、それを選ぶことは自然であるから、ニートの状態でいる者や引きこもっている者のことが理解できないのだろう。

 

ニートや引きこもり等の人間に対して、「甘えている人間」という認識が社会一般だろうが、「バランスが崩れている人間」という表現がより実態に近い。活動的と楽しいをどのように紐付けするかがニート脱却のためには考えなければならない要素なのである。楽しいという感情を阻害する不安要素を取り除くか、その苦しさを上回るやりがい、楽しさを見つけるしか解決方法はない。だが、社会的に一旦道を外れたニートが元の道に戻るのは難しい。やりがい・楽しさを見つけることは至難の技なのだ。それ以外の方法として、楽しいと言う感情を阻害する不安要素を取り除くか、強制的に戻すしかないのが現状だ。それでは日本の引きこもりが「長期化・高齢化」してしまうのも仕方ない。実態に沿った表現をしないから、多くの人間が解決する方法をトンチンカンなものにしてしまう。

 

ニートは甘えている人間だから、厳しくすりゃいいというならば、ニート問題など簡単に解決している。楽と楽しいの「バランスの良さ」をしっかり考えなければ根本的な問題まで考え付くことはない。


  

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