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自説|なぜ不良や極悪人は服を着ているのか

 

タイトルで察した人もいるだろうが、予め申し上げておくと、これから記事にすることはこれまで執筆した自説のなかで最も下らない考えのひとつになる。読んでくださる方は無駄な時間になることをご容赦の上、お付き合い願いたい。

 

今年も成人式で暴れまわる若者がニュースになった。一部のニュースを取り上げているようだが、もはや風物詩だ。白けた目で見られると分かっていても、勉強でも部活でもなく自分の力を誇示したい。人と違ったやり方で、人から認められたい。そんな欲求が彼らを突き動かすのだろうか。とにもかくにも、彼らには常識が通じない。

 

私はこのサイトで常識にこだわらないことをポジティブな意味で使うことが多いが、今回は一般的なネガティブの意味で使わせていただく。常識が通じない人間は、猟奇的殺人犯、高度な知能を持った人、学校で悪さをする不良グループややんちゃな人間や理不尽な上司など、社会のいたるところに存在する。そういう人たちと同じ空間にいると「恐怖」だったり、「不快感」だったり、「怒り」だったり、「戸惑い」だったり、「不安」だったり様々なネガティブな感情に襲われる。誰でもそういう経験があるのではないだろうか。(高度な知能な人はネガティブな感情よりも、私自身が凡人すぎて理解できないということだが)

 

私自身もまったく感情に支配された。学校でもやんちゃなことして「きゃはは」と笑っている人たちを見れば「くだらない」と思っていたし、すぐにケンカ売ってくる人やケンカする人たちをみれば「不快」だったり、「恐怖」だったり、「キレてる醜態を晒してしまうのは俺は嫌だな」とか思ったりした。ただ、その不良とかやんちゃな人たちを見ている時、いつも疑問に思うのは、タイトル通り「なんでこの人たち服を着てるんだろう」ということである。

 

自分でも訳のわからん疑問だなあと呆れたものだが、自然とそう思ってしまうのだ。常識が通じない人たちは「恥」というものを恐れていない存在だ。それを恥と感じないというほうが近いのかもしれないが、それにしても「素っ裸になる悪いやつ」ってあまり見たことがない。

 

露出狂は一定数存在するものの、一般的な学校で全裸になる悪いやつは滅多にいない。奇天烈な人でもしっかり服は着てる。つまり、服を着ないということはどんな人間でも「恥」だと思っているということなのか。恥と感じずに暴れまわっている人間を見ていると、奇抜な服を着ている場合も多いが、しっかり服は着ていて、先ほどの「怖い」とか「不快」とかいう感情と同時に「この暴れまわってるやつの服を脱がしたら、さすがに恥と感じるのだろうか」なんてことが頭によぎってしまうのである。

 

もちろん服を着ずに真っ裸で歩けば犯罪という面もあるものの、夏にパンツや海パン一丁で登校してくるヤンキーとか、同じくパンツ一丁で買い物する人物が割合的にもっと存在してもおかしくないのではないかと考えてしまう。逆に言えば、それだけ服を着るという社会通念は多くの人が守っており、服を着ずに生活するのは大部分の人間が恥であり、服を着ることは常識の中でも最も常識なのかなと思ったりする。

 

「服を着ている」という事実を見るだけで、少し安心してしまうところがある。分かり合えるかは甚だ疑問だが、なんとなく分かり合えそうな気持ちにすらなる。訳のわからない人間でも、殺人犯でも、私が理解できないような高度な知能を持っている人でも、服を着ているのを見てると「あ、ちゃんと服着てる」と思ってしまう。

 

単に個人レベルな話で、私がこの世で最も理解できない人は「服を着ずに生活する人」ということなのだろうか。とにもかくにも、数ある当たり前のなかでも「服を着て過ごす」というものは、誰にも違和感なく浸透しているのだなと感じたのであった。


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