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自説|職がなくなった場合、個人の魅力にどれだけ影響を与えるのか

 

人工知能の活躍が目覚ましい。プロの囲碁棋士を破り、2足ロボットが生まれ、リオ五輪では人工知能が新聞記事を作成するなど、ここ数年で急速に進化した。こうした技術革新は我々の生活に利便性をもたらし、娯楽も仕事も人間のコミュニケーション方法も大きく様変わりした。いまから30年前に誰がこんな世の中を予測できただろうか。

 

だが、その一方で、技術革新による弊害も予測されている。「第4次産業革命」と言われるAIやIoT(あらゆる物がインターネットに接続される)などの技術を利用した新たな産業構造を作ることによって、労働者が人工知能やロボットに代替され、職を失う可能性を指摘されている。2015年12月に、野村総合研究所が10年から20年後に、日本の労働人口の約49%がロボットや人工知能に代替可能という調査結果を発表した。

 

人間である限り誰にも未来を正確に予測することは不可能だ。技術革新によってどうなるかという未来予想図に正確なものなど存在しない。だが、もし遠い未来に労働する人間が極端に減った場合、「人間の魅力」は一体どう変化するのだろう。

 

私たち人間の魅力の一つには、職業が重要な位置を占めている。どこの集団に所属しているか、社会のなかでどういう役割を担っているのか、どれだけ報酬を得ているか。人々は自覚しているのか無自覚なのか分からないが、「職業」を聞くだけで相手への見方が変化するのだ。

 

私自身も大きな違和感を覚えた経験がある。私が曲がりなりにも新聞記者の見習いをしていた時期とその以前にニートをしていた時期では、明らかに私に対する人々の接し方に大きな変化があった。だが、私自身は何一つ変わってはいない。考え方も、好みも、趣味も、行動も、私自身の本質は何一つ変わっていないのに、社会は私に対する態度を大きく変えたのだ。

 

人々は私の本質的なものよりも、職業へのイメージが先行し、また職業に対する過剰とまで言える価値観を抱いている。私はそう確信した。だからこそ、人工知能が人々から労働を奪った時、私たち人間の魅力はどう変化するのだろうかと興味が沸々と湧いてくるのである。

 

人間がロボットに代替された時、優秀な人間しか仕事が出来なくなり、仕事が出来る人間と出来ない人間で大きな分断が行われる。優秀ではない仕事ができない人間たちは、ベーシックインカムなどの支給の範囲内で暮らすことになり、優秀な人間はインセンティブを貰い格差というより分断があるかもしれない。すると、大多数が非労働者となる社会では人間としての本質を人々は重視するようになるのだろうか。それとも、ボランティアやクリエイティブな活動など、ある意味で仕事の延長のような役割を自ら見つけ出し、そうした人間を評価するのだろうか。もしそうなれば、よりイケメンや美女が有利に働く世の中になるかもしれない。

 

現代で見ると、もし自分から仕事が奪われてどこの集団にも属さなくなった時、自分自身はどのような評価をつけられるのだろうか。友人や知人は変わらず接してくれるだろうか。定年退職後に嫁は一緒にいてくれるだろうか。現在の職業についていなかったら結婚してくれていただろうか。会社をクビになっても嫁は一緒にいてくれるだろうか。そんなことが頭をよぎるのは、まだまだ社会は人間の本質よりも、職に価値が置かれている証拠でもある。

 

いまから10年〜20年、さらには30年後はあっという間だ。そして30年前を思い出すと、未来の30年後はものすごく大きく違った世界になっているかもしれない。人間の価値観にどんな変化があるのか。いま記事を書いている今日と比較して実感しながら生きていきたい。


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