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自説|自殺した少女の写真公開 自殺問題に真摯に向き合いたい

 黒瀬市の写真コンテストで入選した作品に、今年の8月に自殺した青森県浪岡中学校の中学2年生の女子生徒(13)が写っていたことを理由に市が入選を取り消していた問題で18日、女子生徒の両親が撮影者から提供されたという入選していた写真を、地元紙東奥日報に公開した。

 

 その写真にはまぶしい笑顔で、手踊りを舞う姿が映し出されていた。この写真が撮影された10日後、遺書を残し彼女は駅のホームから飛び降りた。はじける笑顔を見ると、とてもじゃないがわずか10日後に自ら命を絶ってしまう者とは思えない。

 

 「なぜこの子が」

 

 そう思わずにはいられない。私にとってこの写真はかなりの衝撃だった。そして、「なぜこの子が」と問いかけた自分自身に少し無責任さも感じてしまう。彼女が列車に身を投げたというニュースを私は確実に読んでいた。第一報でニュースを読んだ時の印象と、明るい笑顔がうつる写真を見たあとでは感じ方がまるで変わる。その無責任さにただ自己嫌悪してしまう。ここまで身近に感じなければ、追い詰められている自殺者や自殺願望者に思いを馳せることができないのか。誰かが自殺したという報に接しても、簡単に受け流してしまうという異常さにようやく気がついた。

 

 同じように「なぜ」と思う人間も数多くいたはずだ。しかし、私も含め「なぜ」と思っている人々はネット上でも現実社会でも、誰かを人格攻撃して傷つけたことがあるはずだ。容易に自由に発言できるこの国に住む人間だからこそ、心を破壊する「人格攻撃」は避けなければならない。それがどんな人間であってもだ。当事者同士で罵り合うならまだしも、無関係な「第三者」の誹謗中傷が最も心に傷をつける。第三者の人格攻撃は、「自己否定感」を加速度的に上昇させてしまう。人が増えれば増えるほど信憑性や説得力が増すからだ。まさに数の暴力である。

 

 特にネット社会はその認識の欠如が多い。第三者だからこそ発言は気をつけなければならない。

 

 人間は愚かなもので、何か問題が起きないと心も体も頭も動かない。問題が起きてようやく気づく。彼女が犠牲となって、彼女の笑顔を見て、ようやく問題を重く受け止める。本来なら全員が普段からその意識を持っていれば、このはじける笑顔の彼女のような人間をもっと守ることができるかもしれないのに。ご両親が写真を公開した意義は、私のような愚か者を目覚めさせることにあるにちがいない。

 

 これまでも何度も自殺に関して記事にしてきたが、自殺する人間や若者が多いこの国で、いちど国民全員が「人間」というものに思いをはせる必要がある。


  

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