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自説|何故戦争はこの世から無くならないのか

 

私たちは学校に通い、社会科の時間に歴史を学んできた。振り返ると、私たちの歴史は“戦争の歴史”と言っても過言ではない。日本でも世界でも、各地で戦争が起きていたことを誰もが知っている。だが、時には歴史で習った革命家や武将たちを「英雄」のように語り、片や現在戦争を起こしている指導者のことを「極悪非道」と非難する。誰もが「戦争はダメ」と声を揃えるが、未だに世界から銃声の音が消えることはない。我々はそんな矛盾した世界で生きている。人類の英知は常に歩みを止めないが、数々の英知を持ってしても未だ戦争をなくす手段を持つことは出来ていない。何故、戦争はなくならないのだろうか。

 

私たちが住む地球には、現在約70億人を超える人間が住んでいる。今から約200年前の人口は10億人程度、戦後から15年経過した1960年ごろに30億人を突破したと言われている。人口は右肩あがりに増加し続け、ここ半世紀の間に2倍を遥かに超えるペースで人口が増加した。しかし、地球の資源は有限であり限られた資源を全員で分け合って生きていかなければならない。人が住む土地ですら有限なのである。私はこの有限である資源と人口との関係が戦争が起きやすい原因だと主張したい。

 

戦争が起きる原因を詳細に見ていくと「政治的なもの」、「宗教的なもの」、「資源の奪い合い」等様々な理由で起こる。そもそも人間が生きている限り、争いは根絶することはまずないだろう。日本と言う国だけを見ても殺人事件は無くなっていないのだ。すなわち戦争(殺し合い)はなくなることはない。

 

その上で現在の世界的な人口増加は、非情に危機感を抱かざるを得ない。資源の奪い合いはもちろんのこと、人間が増えれば増えるほど、考えや思想もまた増える。それは政治的な争いや宗教的対立も増す可能性があることを意味する。そしてその理想の世界を実現出来る土地も含めた資源は限られているのだ。これで争いが起きないはずがないのである。

 

昔は人口が少なかったはずなのに何故戦争が起きていたかというと、航空機や船、車などの発達した移動手段がない時代だった。居住が可能な場所は極めて少なかったのである。現在グローバルに物事を考えることになったのは、航空機や船と言った発達した交通手段で安全に誰もが渡航できるようになったからだ。国の中の争いから、国家間の争いが増えたのは「乗り物」の発達もあるだろう。住める場所がかなり限定的にも関わらず人間が集結していたとしたら、世界的には人口が少なくても争いは当然起こるのである。世界は狭かったのだ。それはまさに有限な資源と人口の関係だと言える。

 

人類が争いや殺し合いを少しでも減らす社会になるためには、人口を今よりも減らし、様々な制度の国を作り、人々が自分に合った場所へ移住できる環境を作ることだ。世界規模の争いが可能になった飛行機や船という乗りものも、人々が移住するために必要なものになるだろう。そして世界の人間が英語で生活が出来、教育や政治がしっかりした国でかつ様々な制度の国(様々な人間の思想に合わせるために)を誕生させる。宇宙空間で人間が住める場所を確保することも可能性があるかもしれない。いずれにせよ、少なくとも争いを減らすためには、我々人類が文化的な壁、人種的な壁を乗り越える必要がある。

 

これまでに書いてきた通り、戦争が起こるのはある意味、人口増加と有限な資源のバランスが崩れてしまうことにある。もしも戦争がある種のバランスを取るためのものに必然的となっているとしたら、それは地球が悲鳴をあげていたのだ。私たちが生きている現代では、平和はまだ訪れそうにない。私の個人的な自説に過ぎないが、戦争を減らすには人間を減らさなければならないとはなんとも皮肉なものである。


  

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