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自説|過熱するスキャンダル報道、“人の不幸は蜜の味”な国にするな

週刊文春(文藝春秋)が絶好調だ。SMAP解散報道やタレントのベッキー氏とゲスの極み乙女ボーカルの川谷絵音氏との不倫騒動を始め、甘利経産大臣の金銭授受疑惑、自民党宮崎謙介衆議院議員の不倫騒動、巨人の高木京介投手の賭博、経営コンサルタントで評論家のショーン・マクアードル川上氏の学歴詐称疑惑など、今年報じられたスクープだけでも衝撃的なものばかりだ。負けじと週刊新潮が乙武氏の不倫疑惑、産經新聞はバドミントン選手の違法カジノを報じ、スクープを狙うマスコミ報道は今後も過熱していくだろう。

 

こういったスキャンダル・スクープが報じられる中、我々国民も報じられた対象者を徹底的に叩き、社会から抹殺しようとする動きも見られる。悪事を働いた人間を追及し、批判出来る国は素晴らしいと思うその一方で、国民とマスコミが一斉にひとりの人間を叩き潰してしまうことが、健全な国家の姿とは思えない。不倫にしても、学歴詐称疑惑にしても、違法カジノ問題にしても、叩き潰すことだけが“正義”なのだろうか。

 

叩くこと自体は悪いことだとは言わない。悪事に対して悪いと言える国がどれだけ健全かは、表現の自由がない国を見ればよく分かる。批判出来る国だからこそ成長し、言論や表現の自由は基本的人権の根幹を為す。だが、それを盾に国民やマスコミが一体となって、集団で攻撃することはリンチ以外の何者でもない。昨今の騒動は標的を見つけ、徹底的に糾弾・批判をし、悪事を働いたひとりの人間を叩き潰し、新たな叩くターゲットを探す。こんな作業が国全体で行われているように見える。それも「報道の自由」「社会的制裁」という一見健全で正義感のある厚い皮をかぶって。

 

健全な国ならば、批判をしたあとで悪事を働いた人間をどう更生させるか、これからどう立ち直らせるかを同時に議論しなければならないはずだ。しかし、不思議とそんな声はどこからも挙らない。叩き潰して、その人の人生を終わらせる。それがこの国の健全な姿なのか。マスコミにしても、国民にしても実に無責任である。人は誰しも完璧ではなく、プライバシーも関係なく調べ上げれば、どんな人間でも「極悪人」に仕立て上げることはマスコミの人間なら容易い。様々なスキャンダルを報道し、その人間を間近で取材したメディアだからこそ、やり直すための道筋を示してあげてほしい。

 

悪事への批判だけでなく、やり直すための道筋を示す議論をセットに報道することこそ、健全なスキャンダル報道である。国民としても自己責任論ばかりを主張し、叩くだけでなく「やり直すため」の議論も同時に深めたい。「自分には関係ない、自分はそんなことやらない」とは言うものの、犯罪者や叩かれている人間の多くも最初はそう思っていたはずだ。人を叩き潰すだけの報道・バッシングは、本当にこの国をより良くするのだろうか。

 


  

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