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安保法案から日本の安全保障を考える

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写真=midorisyu氏

 

政府が提案した安全保障関連法案(安保法案)に反対するデモが、30日東京永田町にある国会議事堂前などで行われたと主要メディアが一斉に報じた。報道によると集まった参加者は、主催者発表で12万人(警察発表では3万人)に上ったという。デモの参加者の中には、民主党岡田代表や、生活の党と山本太郎とゆかいな仲間たちの小沢一郎共同代表なども参加した。こう言ったデモは、全国各地でも行われ、日本全国200カ所で見られた。

 

彼らは何故、安保法案に反対するのか。この反対派が、安保法案に対して非難する際によく発しているのが「戦争法案反対」という文言だ。彼らの主張では、”この法案が可決されれば、日本は戦争する国になる”と言うのだ。果たして、反対派の言っていることは本当なのだろうか。

 

安全保障関連法案の中身とは

 

ここで安保法案の中身について確認しておく。安保法案によって一体なにが変わるのか、を簡単にまとめてみる。

 

・他国軍への後方支援が可能になる
・集団的自衛権を行使できるようになる
・在外邦人に危険が及んだ場合救出に自衛隊がむかうことができるようになる
・日本のために働く他国軍への支援を、日本周辺から地球規模に
・同じPKO中の他国の軍隊が敵から攻撃を受けた際、かけつけ警護できるようになる

 

安保法案は、約11もの法案から成り、それらが国会で審議されている。これはほんの一部に過ぎないが、重要なポイントとなっているものだけ抜き出した。

 

日本の安全保障を考える

 

安全保障というのは、日本が外国から侵略・武力攻撃を受けた場合に、国民の生命・財産・文化等を守ることだ。現在の日本の安全は自衛隊及び在日米軍によって守られている。日本の自衛隊は”専守防衛”という軍事戦略を取っており、敵基地を攻撃出来る能力は満足にない。敵からの攻撃を跳ね返すことは出来ても、敵基地等を満足に攻撃することは不可能なのである。そこで、同盟を結ぶ米軍が敵基地を攻撃するという構図で、日本の国家を守っている。

 

戦後70年間、日本が平和であったのは、世界でも群を抜く軍事力を持つアメリカと、屈指の防衛力を持つ日本が同盟関係を結んだことによる”抑止力”がもたらしたものだと認識している。アメリカに安全保障を担ってもらうことにより、コスト削減などの狙いもあると言われるが、日米安保の狙い、日本の安全保障で最も重要になっているのは間違いなく”抑止力”だ。

 

現在、日本にとって脅威となるのは朝鮮半島及び中国だ。日本海に何度もミサイルを発射している北朝鮮、竹島を不法占拠している韓国、またこの二カ国は現在も戦争中(休戦ではあるが)だ。そして経済発展を果たした中国は急速に軍拡を進めている。尖閣諸島を自国の領土だと主張したり、過去には中国籍の原子力潜水艦が日本の領海を侵犯したという事件もあった。これら日本にとって明確な脅威があることは確実で、日本の安全保障もそれに併せ変更する必要は当然ある。

 

そして今回の安保法案。その最大の関心事は、集団的自衛権行使容認だ。賛成派は集団的自衛権を日本が容認することにより、他国の軍隊との緊密な連携が可能となり、より抑止力が高まり、それが日本の平和に繋がるというロジックだ。一方、反対派の意見としては、米国などが戦争を始めた場合、日本が巻き込まれてしまう、戦争に参加してしまうという賛成派とは対照的な主張を展開している。

 

安保法案によって、本当に抑止力が高まるのか、本当に戦争に巻き込まれてしまうのか。それが1つの大きな焦点となっている。

 

最大の関心事である集団的自衛権行使容認

 

世界のどの国々にも自衛権(武力によって攻撃された時、武力によって排除してもよいという権利)が国際法によって認められ、無論日本も例外ではない。その自衛権には個別的自衛権と集団的自衛権が存在し、日本は憲法によって集団的自衛権は認められないとされてきた。国際法上では認められていても、日本の憲法が認めていないため、日本は集団的自衛権を行使することができなかったのだ。

 

それが安倍政権によって、憲法解釈で集団的自衛権の行使は可能であるとされ、今回の安保法案に集団的自衛権を行使出来る事項が付加された。これが違憲だという声も多く、賛成派の中にも改憲するべきだとの声も多い。

 

私としては集団的自衛権行使容認すべきだと考えている。何故ならば、PKOの際、同じ平和維持活動をしている他国の軍隊が敵から攻撃された際、個別的自衛権しか持っていない自衛隊はそれを警護することが出来ない。同じく日本海において、日本の防衛に従事している米軍が攻撃された場合にも同じ事が言える。世界各国は集団的自衛権という権利を当たり前のように持っている。前述した通り国際法で認められた権利だからだ。各国から当然日本に対して、批判が出る。何故同じ活動を共にしている私たちを見殺しにしたのかと。同じ活動をしているということは、”チーム”と言って良い。だが、集団的自衛権を憲法で認めていない日本だけがチームの中で、味方を守ることが出来ない。日本の国際貢献活動に大きな支障が出るのは間違いなく、日本と一緒に活動するのを敬遠する国も出てくるだろう。

 

また集団的自衛権を容認したからといって、必ずしも絶対に行使するという訳ではない。飽く迄も権利であり義務ではない。まるで義務だとでもいうように主張する者がいるが、それは勘違いである。そして、これからの安全保障の抑止力を高める効果として、多くの他国との軍隊と連携を図れるようにしなければならない。その際に集団的自衛権を放棄していると、連携するのに大きな障害となる。国際的にも集団的自衛権を持つことは重要なものだ。
 

日本が将来戦争に巻き込まれないという保障は、誰もできない

 

確かに反対派の言うように、日本の自衛隊が戦闘に巻き込まれる恐れがあるのは否定できない。しかし、戦争というのはいつ起きるか分からない。今後、日本が絶対に戦争に巻き込まれない保障などどこにもない。日本国憲法では、他国から攻め込まれた際に、戦力を永久に放棄し、交戦権を認めないと書いていることから、侵略によって蹂躙された場合の日本人の幸福追求権がどう守られるべきかが書かれていない。侵略を認めないことに関しては、私も同じ考えだが、他国からの侵略があった場合、現憲法が支障となる。他国の国民を守り、自国の国民を危険にさらす恐れのある憲法だ。さすがに自衛隊の存在を過去の内閣は憲法解釈で認めてきたが、実際、自衛隊は戦力であるから憲法上は違憲だし、先述したように私はこの憲法は間違っていると考えているので、改憲すべきだという考えだ。

 

戦争をしないということは重要だが、巻き込まれるということは十分に考えられる。戦争は自分だけでやるものではなく、相手がいて戦争というものが起きるからだ。そして、相手に攻めさせる気持ちを失くすのが”抑止力”であり、戦争をさせない為の政策だ。また、1億人もの国民と、対外経済と、文化を侵略されそうになったとき、如何にして守るかが国の義務だ。その備えをしっかりしておかなければならない。安保法案が可決されたとしても、まだまだ日本の防衛には法律的欠陥がある。自衛隊法84条など。国防を考える上で、安保法案だけでは不十分だ。軍事国家にしてほしいなど毛頭なく、ただ最悪な事態を想定した時に、きちんと国民や国家を守れる体勢を取れるようにしてもらいたい。そんな思いを持っているだけだ。

 

安保法案反対派の言う「戦争する国にする」「安倍首相は戦争が大好き」などと言うのは、明らかに違う。恐らくそう主張する者たちにとって、私自身も「戦争好き」などと言われるのだろうが、全ては抑止力による平和維持、最悪の事態を想定した体勢の整備という観点から、集団的自衛権及び改憲を主張しているのだ。仮に日本がどこかの国に戦争を仕掛けるとしたら、私は迷わず反対を表明する。反対派のいう戦争法案というのは、過剰なレッテル貼りだと言える。

 

だが、反対派が主張することも理解出来るところはある。にも関わらず一連のデモや、議論を見ていても、どこか建設的なものではなく、一方的に相手を蔑み、レッテルの貼り合いをしているように見える。”国防”という国家にとって、最も重要な要素を議論するいい機会であるから、賛成派・反対派それぞれが集まって深い議論をしてほしい。デモよりそちらのほうが日本にとって、よりよい結果をもたらすだろう。

 

 


  

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