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SEALDs あなた達の”国防意識”はどうなっているのか

 

近頃の安保法制反対デモなどで、一躍時の人となったSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)。私の年齢とほぼ変わらない若者たちが、政治に関心を持ち、自ら行動を起こすその行動力・実行力は、素直に敬意を表したい。普段、ニュースなどで映し出される”デモ”の内容に大きな違和感を抱くことが多い私でも、自分自身が到底出来ないような行動を起こした彼らには、同世代として大きな刺激を受けたものだ。

 

しかし、彼らの主義主張のその多くは、私の主義主張と対峙している。今回は恐れ多くも、主義主張の違う私から彼らにいくつか疑問を呈したい。無論、私のほうが学は無く、社会的立場も無いものではあるが、彼らが守るべきものだと主張する日本国憲法には、表現の自由、及び思想の自由が保障されている。そんな日本国憲法の良さを肌に感じながら、遠慮なく私個人の意見を発信させていただくことにする。

 

早速だが、彼らの意見を見てみることにする。彼らの公式ホームページを見てみると、「対話と協調に基づく平和的な外交・安全保障政策を求めます」と大きく書かれてある。その中身を見てみよう。

 

 (中略)長期的かつ現実的な日本の安全保障の確保のためには、緊張緩和や信頼醸成措置の制度化への粘り強い努力が不可欠です。たとえば、「唯一の被爆国」として核軍縮/廃絶へ向けた世界的な動きのイニシアチブをとることや、環境問題や開発援助、災害支援といった非軍事的な国際協力の推進が考えられます。歴史認識については、当事国と相互の認識を共有することが必要です。
先の大戦による多大な犠牲と侵略の反省を経て平和主義/自由民主主義を確立した日本には、世界、特に東アジアの軍縮・民主化の流れをリードしていく、強い責任とポテンシャルがあります。私たちは、対話と協調に基づく平和的かつ現実的な外交・安全保障政策を求めます。—SEALDs 公式サイトより引用

 

安全保障というものには、当然、戦争をしないための外交政策・交渉も含まれている。彼らの言う「対話による安全保障」は、まさに外交政策・交渉のことであり、”戦争しないための努力”は、外交をする上で当然のことだ。しかし、集団的自衛権や憲法改正賛成の者たちは、外交交渉が決裂した場合の国民の生命・財産・文化・権利等を守る体制を整える意識を持っている。外交交渉がいつも成功するとは限らず、人間がやることに完全はない。そんな時の備えとして、最終的には武力で外敵からの侵略を防ぐほかないのである。この意識の差が、安全保障議論での大きな”ズレ”を及ぼしているひとつの要因であると私は考えている。


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