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竹島や尖閣は本当に日本・韓国のものなのか


竹島や尖閣諸島の領有権を巡る問題に直面し、私は両国民に問わずにはいられない。本当にその島は自国のものなのかと。一連の騒動のなかで、自国の領土だと主張する国民の多くに、何かしらのイデオロギーを感じてしまうのだ。つまりは、啀み合っている多くの人間は、どちらのものかを公正な視点で証拠を揃えて訴えているのではなく、「自国のものだ」と主張することを前提として答えを導き出しているのではないか。そう言わなければ「非国民」だと言われかねない全体主義のような風潮が両国にある。国への帰属意識は素晴らしいが、公正な視点で見る事の出来ない同士の議論にはなんの価値があるというのだ。

主張のなかには、自ら調べあげ、確かな根拠を持って主張している人間もいるかもしれない。私は決してその主張を否定しているのではない。恐らく学者や政府関係者らが公正な視点を持って調査していることだろう。しかし、巷や一般社会、テレビなどを通じて見たデモ活動においての主張は、公正な根拠よりも自国の利益や繁栄を前提とした主張を行っている者が多いのではないか。調べたと言っても、自国に都合の良い、自分で調べたものではない証拠を選びつまんできている、大凡証拠とは言えないものを根拠に主張しているのではないかと思ってしまう。そして異を唱えるものには「非国民」、「売国奴」というレッテルを貼付け排除してしまう。民主国家であるはずの両国で、そんなファシズムのような恐ろしさを感じる。

私は以前より、竹島・尖閣ともに日本のものだと主張してきた。私が主張する内容の多くは全てではないが、どちらかというと保守よりだと自認している。日本軍保持を容認しているので、人から見たら極右と言われるかもしれない。私にとってはそれなりの根拠があって主張しているのだが。閑話休題、主張しながらどこか心の底では「本当に日本のものなのか」、「本当に韓国のものなのか」という疑問はいつも付きまとってきた。勉強不足と批判されても仕方がない。結局私が主張しているのは根拠よりも、自身が持っている保守的なイデオロギーによるものではないかとふと思ったのだ。そして、それは他の日本国民、韓国国民、中国国民にも言える話ではないかと。

このいちばんの問題点は、学者などが公正に調べ、自らの意に沿わない結果だった時に受け入れられる人間がどれほどいるかということだ。恐らくその結果をだした学者には「売国奴」という不名誉なレッテルを貼られ、バッシングされることだろう。本当に売国奴のような学者もいることは否定できないが、しっかりと調査した結果、意に沿わないものになることも十二分に有り得る。

学者らが言いにくい雰囲気を醸成すべきではない。こういう記事を書くと保守層からは批判され、リベラル層からは政治的に都合よく解釈されてしまいそうだが、そう言う政治的な思想から切り離すべきだと言っているのだ。保守的な私はもちろん両島が日本に帰属することを信じているが、最終的には国際司法裁判所に委ねるほかないだろう。我々国民は冷静な目で、それぞれの主張を見る必要がある。


  

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