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記者クラブに対する首相官邸の申し入れは行き過ぎだ

5日、新聞労連が首相官邸に対し抗議声明を発表した。昨年12月末、首相官邸が官房長官の記者会見を取材する内閣記者会に対し、「東京新聞記者の質問に事実誤認がある」として文書で申し入れを行った。その動きに対し、新聞労連は「国民の知る権利を狭める行為で決して容認できない」と反発したのである。新聞労連の抗議は当然だ。

 

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我々民主主義の国々は、マスメディアが政府や公的機関などの権力側の見解を問うことで、国民の知る権利を守っている。主権者である国民は政府が行う政策をしっかりとチェックしなければならない。こうした疑問の声を、記者会見などを通じて直接為政者に投げかけることができるのがマスメディアの記者である。その過程において事実無根の疑念を抱くことだって当然あるわけだ。そのような声に対しても政府は誠実に答えなければならず、誤解を解くことに努めるのが主権者の代表の責務ではないのか。

 

仮に事実無根の質問をされたとしても、その場で「〜いうわけでそれは事実無根だ。事実に基づいた質問をしてくれ」と事実関係を丁寧に説明した上で、これまで通り注意すれば良い。それがスポークスマンとしてのあるべき姿だ。今回、首相官邸が問題視している質問を見れば真偽はどうあれ、辺野古移設という社会的にも大きな関心のある事柄について質問している。政治に全く無関係の質問をしているなら問題だが、国民も大きな関心のあるテーマである。その内容が「事実誤認」と主張するならば、スポークスマンとして理解してもらえるように努めるべきところを、記者の質問を制限するような申し入れを行うことは民主主義の否定と言われても仕方がない。

 

それに今や記者会見はインターネットを通じてすべて公開されている。あまりにも稚拙な質問であれば、記者自身も批判にさらされる時代だ。だとしたら記者と行政のスポークスマンとのやりとりを国民に見せることは、国民にとっての判断材料にもなる。稚拙な質問をすれば記者および所属するマスメディアが批判され、しっかりと答えられなければ政府が批判される。それでいいではないか。記者のスキルが悪いというなら、申し入れではなく記者会見場で指摘すればいい。その方がよっぽど開かれた会見だ。

 

首相官邸は「官房長官記者会見は、他のメディアを通じたライブ配信等も行われており、(中略)そのような場で正確でない質問に起因するやりとりが行われる場合、内外の幅広い層の視聴者に誤った事実関係を拡散させることになりかねない」と主張するが、やはり事実関係に基づいて否定すればいいだけの話にしか思えない。事実関係確認のために聞かれる質問もあるわけで、事実誤認である質問ならば「違う」と説明する。記者会見とはそういうものではないのか。その説明を怠り、記者に質問させまいとするなら、職務怠慢であり国民の代表として不適切な行為と言わざるをえない。


  

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