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沖縄・副知事口利き疑惑で翁長知事に問われる「任命責任」、理不尽な責任は必要か

沖縄県の安慶田光男前副知事が教員採用試験で特定の受験者を合格させるよう口利きを行なったとされる問題で、翁長雄志県知事は24日、記者会見で「大変責任を自覚している」と話した。

 

政治のニュースを聞いていると1年に何度も登場するこの「任命責任」というのが、以前からどうも腑に落ちない。家族ですらもっと言えば自分ですらコントロールすることは出来ないのに、ましてや他人をコントロールするなど不可能だ。本人がその事情を隠していれば、当然知るすべもない。それで任命責任があると言われればマスコミが大批判する「お友達内閣」しか作れなくなるではないか。まだ旧知の仲の人間のほうが相手のことを知っている分、リスクは低いからである。

 

今回の問題は、副知事が県教育委員会の職員を副知事室に呼び、特定の受験者2〜4名の受験者の氏名、受験番号が書かれた紙を渡したり、電話で合格を依頼するなどの行為だ。安慶田元副知事は県民に混乱を招いた責任を取って副知事を辞任したが、一貫して疑惑を否定している。一方で、県教育委員会は当初疑惑を否定していたが、諸見里明前教育長から口利きを認める文書が提出されたことから、再調査したことで一転して疑惑を認めた。

 

上述のように翁長知事は責任を自覚していると発言したが、本当に「任命責任」があるのだろうか。ここで「任命責任はない!」と言えば、マスメディアや国民から感情的に叩かれることは想像できるゆえ、この発言をしなければならないことは理解できる。しかし、現実的に任命責任を追及し続けていれば、不可能な未来予知ができる人間でなければならない。任命責任を問う質問をした記者には仕事とはいえ「理不尽なことを聞くもんだ」といつも思ってしまうのである。

 

もし任命責任が問われても納得できるケースがあるとすればどのようなものか。それは今回の件で例えると、副知事になる以前からこのような行為を行なっていて、翁長知事がそれを知っていた上で副知事に任命した場合は「任命責任」が生じてくる。しかし、報道によると副知事に任命したあとに問題行為を行なっているとされている。権力のある立場についた後に問題行動を起こすなど、その人間の行動をどうやって予測し、見極めることができるというのか。その行為を多くは隠すであろうし、もし問題行動を起こすかもしれないという人物であったとしても、推測の域を出ることはない。よって今回の任命責任は翁長知事には存在しない。

 

結果的に被任命者が不祥事を起こしたとして、任命者が責任を取らなければならないとする理不尽がまかり通れば、反対派が都合よく利用する可能性がある。いくら任命者本人が不祥事に気をつけて行動していたとしても、任命者本人に反感を持つ人間が被任命者に不祥事を起こされるなどトラップを仕掛け、任命者を引きずりおろすことなどが考えられる。そんなことをやっていれば、誰も任命者のポジションにつきたがらず、政治も停滞する。

 

今回のように不祥事を起こした本人が責任を取ればいい。なんでも連帯責任となる考えは単純極まりなく、危険だ。仮に翁長知事に責任を追及するならば、その行為を知っていて放置し続けたかということだ。それは任命責任ではなく、監督責任だ。しかし、それも限度があるうえ、追及するためには十分に検証しなければならない。

 

不祥事を起こすたびに「任命責任」と叫ばれるが、本当に任命責任があるのか。任命責任とはなんなのか。ニュースを受ける側はいまいちどよく考え、惑わされてはならない。


  

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