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自説|戦後70年談話をどう評価する?

 

今月の15日、日本は戦後70年の節目を迎えた。過去20年間で節目の年に2度首相の談話が発表されており、今回の70年談話で3度目となった。談話を発表する必要はないとの声もあったが、安倍晋三首相は揺るがなかった。
何故そこまでして3度目の談話を発表しなければならなかったのか。そのキーワードは談話の中の次の一文にある。

 

「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」

 

過去2つの談話の内容とは明らかに違う部分だ。過去の談話では、反省やお詫びなど、どこか後ろ向きな表現となっていたが、今回で初めて未来志向な談話となった。だが、この一文には賛否両論あり、社民党の福島瑞穂副党首は「何百年経とうと謝り続けなければならないこともある」と批判した。

 

私は、この一文に肯定的な立場だ。安倍首相が述べた通り、国民の多くが先の戦争と関わりのない者たちだ。そして、これから先、先の戦争と関わりのない者たちが未来を作っていく。それは日本だけではなく、日本に対して謝罪を要求している韓国・中国といった国々にも同じ事がいえる。過去になんの関係もない若者たちを巻き込むことは、両国の関係が発展することが出来なくなるに等しい。その意味で首相が談話として、謝罪に歯止めをかけたことは大きな意味を持つ。

 

知っている過去と知らない過去=歴史は別物である

 

両国の人間が啀み合う理由は、往々にして「政治」と「歴史」である。80歳を超える方々は、戦争を知っている世代で、その方々に「過去を忘れろ」なんて簡単には言えない。過去の記憶は永遠にもすがりついてくることがあるからだ。しかし、過去が未来の邪魔をするならば、過去は忘れた方が良いものだ。そして、私たち若者は戦争を経験していない世代だ。過去というより歴史という感覚に近い。

 

つまり、戦争を経験した方々から話を聞いて、頭で想像するしかない。その経験者からの話を聞いて真実かどうかすら、確証を得ることは誰しも難しい。実感がないというのは、そういうものだ。しかし、それは70年もの間ずっと平和だった証拠でもある。私たち若者は、そんな”何も知らない世代”だからこそ、なんのしがらみもなく交流出来るはずなのだ。

 

ところが、そんな私たちの交流を邪魔するのは、いつも年配の大人達だ。政治絡み、歴史教育絡み、親からの伝聞など様々な事情で、大人達が若い世代の交流の邪魔をする。それは両国ともにだ。「日本は悪い事をした」「謝罪しつづけなければならない」戦争と関わりのない両国の若者同士が謝罪するされるの関係で、何が発展するというのだろうか。両国の若者の交流を邪魔する大人達に聞いてみたい。

 

未来志向な交流を

 

過去、村山内閣、小泉内閣が明確に謝罪をし、そして今回の安倍内閣も歴代の内閣の立場を継承すると明言した。その上で、「謝罪を続ける宿命を背を背負わせてはならない」ということは、謝罪はこれで終わりとすることを表している。もちろん、今後成立した内閣がひっくり返してしまうかもしれないが、ようやく未来へ一歩前進した。

 

太平洋戦争で、米軍により原子爆弾の投下、東京大空襲、沖縄戦など甚大な民間人を出した日本だが、戦後は民主主義のもとで米国とは同盟関係を結び、緊密な関係でいる。敵対していた国であっても、この様に発展的関係を結ぶことが出来るのだ。中国・韓国他にも発展的関係を結べるよう反日的且つ未来の若者の交流を阻害する反日教育等をやめ、両国の若者同士の交流を邪魔しない努力をしてほしい。

 

賛否両論あれど、ほんの少しだが、未来へ一歩前進するきっかえになりそうな70年談話。いつの日か両国の若者が、過去のしがらみなく交流が出来ることを切に願う。

 

 


  

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