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ベッキーの不倫疑惑報道に思うところ

 

タレントのベッキー氏(31)とロックバンド「ゲスの極み乙女。」のボーカル川谷絵音氏(27)の不倫疑惑報道が巷を賑わせている。芸能人のゴシップネタそのものが苦手な私だが、今回は思う所があるのであえて記事にしてみたい。

 

そもそも芸能人やタレントというのは”自らのイメージ”を売りにしている商売だ。”毒舌”や”嫌われもの”をあえて売りにしている者もいれば、”オバカ”を売りにしている者もおり、”エロ”を売りにしている者もいる。渦中のベッキー氏の場合は”元気さ””清純さ”を売りにしているので、今回の不倫疑惑でイメージダウンしたことは間違いない。

 

今回の不倫騒動が事実であるならば、ファンは勿論のこと、そのイメージによってCM起用をしてくれているスポンサーを裏切ったことになる。これは擁護しようもない事実である。従って、そのファンとスポンサーに謝罪をすることは必要だろう。

 

私はファンというほどでも無いものの、ベッキー氏のことは好きなほうだったので、この騒動が事実ならば残念である。不倫という行為は、決して許される行為ではない。川谷氏の妻の気持ちを考えると、腹立たしいという気持ちも理解できる。実際にネット上ではベッキー氏に対し、厳しい批判コメントが殺到している。また、ベッキー氏を擁護する芸能人に対しても、厳しい意見が並んでいるのが目立つ。

 

ベッキー氏や川谷氏の行為に対し、厳しい意見が並ぶことは”当然”ともいえるが、一方で擁護する人間がいることもまた私は”必要”であると思っている。ネット社会となり、誰もが評論ができるようになった近年の批判というのは、度が過ぎている印象を受ける。事件の内容にもよるが、被害者ではない第三者が悪いことをした人間に対し、死ぬまで許さないかのような厳しいコメントがずっと並ぶことは決して健全とはいえない。悪いことをした人間を擁護する(=ベッキー氏の行為を正当化するのではなく、ベッキー氏の居場所をつくってあげるという意)の人間もまた必要である。

 

悪いことをした人間に対しては、厳しい批判をする者が大多数で、居場所をつくってあげる者が少数という形が、一番健全な形なのではないかと考える。これは今回のベッキー氏に限らず、元犯罪者等にもいえることだ。人間は誰しも過ちを犯すものであり、完全な人間などいない。悪いことをした人間には犠牲や罰はもちろん必要だが、それと同時に更生させる機会や環境もまた同時に必要である。

 

報道によれば、川谷氏は結婚していたのを隠して、ベッキー氏にアプローチをかけていたという。おそらくベッキー氏としては、普通に恋愛していたつもりだったのだろう。ところがその相手は既婚者だった。人間というのは好きになってしまうと、抑えられなくなることはよくあることだ。本来は相手が既婚者とわかった時点で別れるという選択をすべきだが、好きになった気持ちを抑えられない状況になることは人間としてよくあることだ。引くことができなかったベッキー氏にも当然非はあるが、そもそもそんな状況に追い込んだ川谷氏に大きな非があるだろう。

 

私個人的には、芸能人の私生活をのぞき見て、騒ぎ立てるニュースはあまり好きではない。むしろ嫌悪感すら覚えるが、週刊誌などが今でも絶えないのは、それ程他人の私生活や噂話が好きな人間が多いということだ。需要があるから、なくならない訳で、今回のベッキー氏の不倫疑惑報道でも多くの人間が反応してしまうのを見ると、スキャンダルをマスコミが狙ってしまうのも仕方ないと思えてしまう。

 

だが、週刊誌などがスキャンダルを狙っているのは、決して”正義感”などではない。そして、それを見る人間もまた”正義感”などではない。正義感などと口にするのは、単なる口実だ。人間の裏の顔を知りたい、なにかを非難したいという欲求とその需要を利用したビジネスという”人間の醜さ”を表す構図なだけである。

 

人間はどんな人間でも悪い面や弱い面があるのである。タレントや芸能人などは、まさにイメージを売りにしているので、裏の面があることなどは至極当然だ。正直にいうと、芸能人のスキャンダル記事が出たとしても、「そりゃそういう面もあるだろう」としか思わないのである。自分の関係のない人間の裏の顔の記事を見て、特にメリットなどなにもない。むしろ、反応をしてしまうことが、需要となってしまい、人間生活を生きにくくすることに繋がるだけなのである。

 

一般人では不倫によって全国の人間に晒されることは、ほぼ無いに等しいが、有名人となれば全国民に非難を浴び、全国民に謝罪をして醜態をさらさなければならない。私は、少々過剰罰のように思えてならない。有名税といえば、そうなのだが、一般人との差があまりにも激しすぎる。不倫をした二人には、多くの人間と同様に嫌悪感があるものの、ここまで叩くことは本当に健全かどうかに関しては疑問符である。

 

正義感ではない需要と供給、不倫、異常な叩き等、人間の醜い面が凝縮されたそんな騒動であった。

 


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