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「日本のお笑い芸人は終わってる」のか 政治や社会ニュースに関わらない芸人がいてもいい

脳科学者の茂木健一郎氏が自身のツイッターで「トランプやバノンは無茶苦茶だが、SNLを始めとするレイトショーでコメディアンたちが徹底抗戦し、視聴者数もうなぎのぼりの様子に胸が熱くなる。一方、日本のお笑い芸人たちは、上下関係や空気を読んだ笑いに終止し、権力者に批評の目を向けた笑いは皆無。後者が支配する地上波テレビはオワコン。」、「日本の『お笑い芸人』のメジャーだとか、大物とか言われている人たちは、国際水準のコメディアンとはかけ離れているし、本当に『終わっている』」と批判し、話題を集めている。

 

私はこの件に関して以前から考えていたことがある。茂木氏の言うように政治風刺をするお笑い芸人がいても良い。しかし、その一方で全く政治や社会的な事件などに持論を展開しないお笑い芸人がいても良いように思う。最近はお笑い芸人が情報番組などに出演し、コメンテーターとして様々なニュースに対して自らの考えを述べている。多様な考えを聞ける機会につながるので私はこれに対して賛成の立場だが、あえて敵を作らずに誰もが気にせずに笑ってもらえるように「お笑い」だけに徹する職人がいてもいいのではないか。

 

芸能人たちは政治的な考えや自分の考えを発表すると、当然叩かれることも増えてくる。多様な意見が得られる社会であるためには自分の意見を述べることは良いことだ。良いことなのには違いはないが、当然意見が違う場合のイメージ低下というのは事実として避けられない。それによって視聴者のなかには受け入れられないとする人間も必ず出てくるだろう。あまり褒められたことではないが、事実としてあるのだから仕方ない。そうなれば本業であるはずの「お笑い」に関して自ら首を絞めることにも繋がってくる。それを覚悟で政治的意見や自分の考えを述べたり、風刺したりするのは全然構わないし、良いことだと思う。だが、「多くの人に笑いを提供したいから」という哲学を持って、自分なりの意見を抑えて「職人に徹する」芸能人は、それはそれで賞賛されるべきだろう。

 

あの明石家さんまさんなどは「職人」の部類だと以前から思っている。こう言う政治的や社会的な自身の考えをさんまさんの口から一切聞いたことがない。過去にあったとしても恐らく指で数えるほどではないか。それは「お笑い」とはかけ離れたものであるからという認識があって、またなるべく多くの人を笑わせたいという自身のポリシーに反するから口にしないと考えてるのではないだろうか。誠に勝手な推論でしかないが、お笑い芸人のコメンテーター化が最近顕著になるなかで、その問題を考えるとき、毎回あの「お笑い怪獣」ことさんまさんのことが頭に浮かぶのである。

 

実はこの問題についてさんまさんを例に記事にしようと思っていたが、情報番組に出演するお笑い芸人の方々を批判することになると思ったので見送ってきた。個人的には職人気質の芸人が増えたらいいなと思うものの、情報番組に出演する芸人たちがいても別にいいと思っていたからだ。多様性を考えるならばお笑い芸人を呼ぶ情報番組もあれば、専門家だけで構成されるお堅い情報番組など様々な形があれば良い。茂木氏が指摘する政治的風刺をすることが国際水準のコメディアンという考えには、正直疑問符がつく。お笑いというものに高い水準や低い水準という基準が明確にあるわけでもなく(あるとすればいじめに近い行為で多くの人間が不快な笑いをとること)、多くのお笑い芸人が茂木氏のいう国際水準になるために政治風刺を主流化するなどは多様性があるとは言えず、視聴者もそこまで求めているとは思えない。ただ、そういう芸人がいても良いだろうなという感じだ。

 

「お笑い」というものの本質を考えた時に、「誰もが笑える」というのも一つの重要なキーワードだ。誰もが笑ってもらえるようなイメージづくりも、お笑い芸人にとっては一つの仕事の一環になるだろう。私自身も対人関係で笑いを取るとき、その多くは自分自身に対してツッコまれるような笑いを誘ってきた。「いじられ続ける辛さ」は想像以上に辛いものと知っているからだ。周りが笑っていても、自分一人はまったく笑えない時もあった。その思いを他人にさせるよりは、自分自身が請け負おうと思っていた。反対にいじる場合はいじり続けることはせず、単発で相手も私自身をいじれる人間だけに限定していた。自分でいうのもおこがましいが、こうした「イメージ努力」によって、多くの人には受け入れられたとは個人的に思っているし、その結果に対しては私の古くからの友人ならば認めてくれるはずである。最近は人と仲良くなることや笑わせようとすることよりも、自分の意見をしっかり主張するという考えを持つようになったため、笑いを取ろうとすることもなくなってしまったが。

 

自分の意見をしっかり主張するようになった現在のほうが敵が増えてきたのは明らかだ。政治的な主張やその人考えを主張することは、当然敵を作るリスクを伴う。笑いを届けるというお笑い芸人の本質にそれは必ずしも合致しない。その問題に直面したとき「いやそれでもお笑いだけではなく意見を伝えるんだ」という考えに至るか、「なんとか工夫して政治的主張を誰もが笑えるコメディに変えるんだ」という考えに至るかは芸人によるであろう。恐らく茂木氏がおっしゃってるのは後者のお笑い芸人のことだろうが、その道だけがお笑い芸人として正しいわけではないのである。総じて「お笑いとはなにか」という原点や本質をお笑い芸人たちそれぞれが考える必要はあるのかもしれない。


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