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<清水富美加出家騒動>芸能界で努力することも、逃げ出すこともどちらも間違いではない

 


 

ここ数日、女優の清水富美加さん(22)が所属事務所との契約を解除し、宗教団体「幸福の科学」に出家するという騒動がワイドショーや新聞で頻繁に報じられている。しかし、事務所側と幸福の科学との意見の食い違いや、「芸能界を引退する」という報道もあれば、「芸能活動は継続する」との報道もあり、情報が錯綜しているようだ。この場合、何も言わずに静観することが最善であり、何も書かずにいたのだが、様々な議論を見ているうちに芸能人たちが出すコメントに違和感を覚えた。

 

私は、基本的に個人の自由を尊重する主義なので「好きにすればいい」と言うスタンスだ。宗教活動をすることが彼女にとってベストな選択だと判断したのなら、最大限尊重するべきだろう。例えその選択によって誰かの迷惑になったとしても、本人がそれがいいと選択すれば誰もそれは止められない。

 

「死にたい」と周囲に漏らしたり、ブログでも「生きていける気がしなかった」などと書いている以上、その状態で「迷惑を掛けるな」「最後まで仕事しろ」「許せない」というのは酷としか言いようがない。人気女優であった以上、仕事を続ければどんどんとスケジュールが埋まり、断りきれずに次第に限界まで追い込まれ、迷惑が掛かると感じながらもこのような形で辞めざるを得なかったのではないか。宗教団体が出て来るために、訝しむ声も多いようだが「精神的に辛い」と本人が訴えているのに無理をさせる理由はなにもない。

 

この騒動に対し多くの芸能人がコメントを出している。多くは清水さんの無責任さを追及する声だ。「迷惑をかけるべきではない」、「薄給なのは当たり前」、「義理を忘れちゃいけない」、「水着が嫌だとか、じゃあ良かったことは?いろんな人に支えられて、作品にでて」、「仕事を残して不幸にするな」などだ。こういう声がずらりと挙がる状況を見ると、仕事を断りきれない環境だっただろう。断れば「迷惑がかかる」、「仕事なんだから当たり前」「今だけだから」などと言われたのではないか。そんな追い詰められ方をした結果、現状に至ったのではないのか。

 

もちろん各芸能人たちは、嫌な仕事を引き受け、多くの努力をした結果いまの地位に上り詰めた人なのだろう。「努力」や「嫌な仕事もする」というのは、上を目指す人間にとっては当然なことなのだろう。そこは芸能人たちが言ってることは決して間違いではない。私のように努力からも、嫌なことからも逃げ回っているようでは「トップ」になるなんて不可能だ。確かに彼らは凄いが、身も蓋もないことを言って追い詰めていくのはむごい。

 

今回むしろ「幸福の科学」という宗教団体のバックアップがあってよかったのではないか。そのバックがついていなければ、彼女は嫌な仕事から逃れる選択ができなかった。こんな容赦のない芸能界に対して一人で太刀打ち出来るとは到底思えない。私は宗教に対して懐疑的であるが、一人の人間が追い詰められていく様を見るよりも、逃げられる環境が彼女にあったことに安心する。出演映画やCMなどの違約金や損害賠償などについても報じられており、そうなればますます彼女は追い込まれていくことになる。水着など嫌な仕事をこなし、人気になったがために、こんな状況に追い詰められたと考えると同情を禁じ得ない。

 

ここで幸福の科学にいろんな面で助けてもらえば、今度はそこに対して「義理を忘れてはいけない」となるゆえに心配もある。八方塞がりな状況のなかで、目の前の状況から救いの手を差し伸べてくれるものに頼らざるをえない状況である。もちろん、その信仰によって彼女が救われるというならば何も言うことはないが。現状そうであることを祈るしかない。唯一、目の前の状況から助けてくれそうなところを頼ったが、幸せにはなれなかったとなれば彼女はどうなるのだろう。幸福の科学は助けるならば、とことん幸せになるように努力してもらいたい。

 

ただ、誰も清水さんの幸せを奪う権利などない。幸福の科学でも幸せになれなかったなら、自分を追い込まずにまた新たな居場所を探し求めて欲しい。自分を追い込みすぎて自死しないための選択ならば、私は賛成だ。全てこの記事は憶測でしかないが、清水さんの今後の幸せを願わずにはいられない。


  

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